最初に言っておきたいんだけど。ぼくはavexというレコード会社がけっこう好きだったのだ。avexというと、浜崎とかELTとか安室とかのメガ・ヒットを連発する一方で、けっして多くの売り上げは期待できないものの、時代の先端の空気をいち早く反映していたり、あるいは時代の流れと無縁なところで独自の音世界を作り上げていたりするようなマイナーなアーティストにも目配りしつつ、そういう連中のアルバムを熱心にリリースしてくれるレーベルでもあるし。もともと貸しレコード業〜輸入CD販売業を起点にスタートしたインディペンデントな会社だって出自も、なんだか共感できたし。

 そんなavexが、ソニーやユニバーサルよりも早くパソコンへのデジタルコピーガードをかけたCD(avexはコピーコントロールCDと呼んでいる。以下、CCCD)発売に踏み切ったというニュースは、だからショックだった。なんだか裏切られたような気がしたものだ。この原稿を書いている3月末の段階でavexから発売されているCCCDは3種。BoAのシングル「Everything -ミンナノキモチ-」と、Do As infinityのアルバム『Do The Best』、そして倖田來未のアルバム『affection』だ。とりあえずいちばん手頃なBoAの盤を買ってきたので、今月はavexのCCCDの実態について軽く実験してみよう。

 ケースから盤を取り出す。通常のCDとほぼ同じ外観ながら、盤面をよく眺めると真ん中になにやら境界線のようなものが見える。たぶんオーディオ用の部分とパソコン用の部分の境界だろう。今回のCCCD、パソコン上では通常の音楽CDとして使えないように設定されているので、その代わりとしてパソコンで聞くための圧縮音源ファイルとプレーヤーソフトを同梱してあるのだ。そんな妙な盤をわが愛機パソコンのCD-ROMドライブにぶちこむ。と、いきなりアッタマきた。だって、何の前触れも説明もなく、いきなりハードディスクにアクセスし始めるんだもん。でもって「C:\WINDOWS\system32」フォルダに勝手にいくつかのdllをコピーする。レジストリも書き換えられる。盤に含まれるWindows用プレーヤーソフトを使えるようにする作業だろう。

 オートランで何かプログラムが勝手にスタートするのはよくあること。ただ、これからソフト再生用のプレーヤーを使えるようにするためにいくつかのファイルをあなたのコンピュータにコピーしますよ、いいですかと、まずユーザーに訊ねろっての。最低限の礼儀だ。自覚的なパソコン・ユーザーは、自分のマシンに知らないファイルが自動的にインストールされることを異常に嫌う。マシンが陵辱された気分になる。それくらい知っておいてほしい。それとも、そういうパソコン・ユーザーの気分を知りつつ、わざと神経逆なでしているとか? とにかく納得いかない。このCCCDの所業が許せない方は、シフトキーを押しながらドライブに盤をぶちこみましょう。

 BoAのCCCDは、そうやって勝手にマシンをいじくったのち、これまた勝手にプレーヤーを立ち上げてパソコン用圧縮音源ファイルの再生を開始。avex側の論理としては、このCCCDをパソコンのドライブに挿入する目的はあくまでパソコンでCCCD収録曲を再生するためだから、その目的を自動的にかなえてあげますよ、あなたは余計なことしないで黙って座ってりゃいいんですよ、と。そういうことか。プレーヤーはイスラエルのミッドバー・テック社のものだ。音質は薄っぺら。ビットレートを見ると“47kbps”だ。びっくり。WMAか。ずいぶんビットレートをケチってるね。音が薄くて当然だ。もともとavexの売れ線ポップ・アーティストの音作りはリミッターをがんがんに効かせた、レベルぶっこみ系ドンシャリ・サウンドなので、これでも気にならない……という心の広い方もいるかとは思う。けど、日頃からいかにMP3の音質を向上させるか、その道を究めんと努力する本ページの愛読者の耳には明らかに物足りない音質だろう。高域がショワショワ言ってる個所も少なくない。このパソコン用圧縮音源ファイルは、これまでパソコンで音楽を聞いてきたユーザーのためにavexが用意した代替品なはずなのに、これじゃ明らかに代わりにはならない。昨今のデジタル圧縮音源ファイルの技術をナメすぎじゃないか?

 実際の圧縮ファイルはどのくらいのサイズになっているのか興味があったので、エクスプローラを立ち上げてCCCDの構成をチェックしてみた。ところが、プレーヤーソフト関連のファイル以外は見えないようにしてあるんだね。プレーヤーソフトと一体化しているのか、圧縮音源ファイルも見当たらないし、通常の音楽CDをドライブに挿入したときには見える拡張子「.cda」の音楽トラックも一見まったく存在すらしていないかのようだ。なるほど、音楽トラック自体が見えないんだからリッピングなんかできるわけないか……と思いつつ、常用しているリッパーを立ち上げてみた。そしたらびっくり。一瞬、ガタガタッと異常な雰囲気でドライブにアクセスしたのち、しかしいつも通り収録されている音楽トラックが全部現われた。BoAの盤の場合、音楽トラックが4つとデータトラックが1つ。なので、4つの音楽トラックをいつものやり方でリッピングしてみたら……。

 結論から言います。普通にパソコンのハードディスクへ取り込めました。やたらエラー訂正を繰り返していて、そのぶん時間が長くかかったけれど、特に問題なくWAVファイルができあがってしまった。ぼくは違法行為をしたのでしょうか。覚えはないです。意図的なプロテクト外しは著作権法違反になるそうだけれど。でも俺、別に意図的にプロテクトを外したりしてないもん。いつもと同じソフトをいつもの設定でいつものように操作しただけ。それで普通に取り込めちゃったわけで。この場合は違法なの? ちなみに、CD-ROMドライブは、えー、いつもこの連載で使っている愛用のノートパソコンにもともと内蔵されていたやつです。リッパーも、このページでよく推薦している3つのソフトのうち、フリーウェアで、もっとも信頼性の高いエラー訂正がほどこされた正確なリッピングをしてくれるやつです。具体名を知りたい方はバックナンバーをご参照ください(笑)。

 確かに、avexが今回採用したミッドバーのコピープロテクト(Cactus Data Shield バージョン200.0.4)は、はっきり言ってプロテクトとは呼べない程度の、実に乱暴な代物だ。海外でも悪評ふんぷん。いちばんひどいのは、通常の音楽CDが必ず則らねばならない規格「レッドブック」に準拠していない点。要するに、もともとこれはCDじゃないのだ。正式にはCDと呼んじゃいけない商品。開始アドレスとかTOCとか、その辺の大事なデータが規格から逸脱する形で設定されてたり、曲中にエラーが意図的に付加されてたり。禁じ手連発でコピーを防止しようとした紛い物のCD。おかげで、パソコンではない、普通のCDプレーヤーでの再生にまで支障が出る可能性が高い。実際、今回もポータブルCDプレーヤーやプレステ2などを中心に、少なからぬ不具合が報告されているようだ。再生できたとしても、TOCがおかしかったりエラーが頻発したりするためにプレーヤーのサーボがイカれちゃうことまでありうる、と。こんな規格外れなことをやっているんだから、当然音質面にも問題が生じる。松下を筆頭に、自社の製品でのavexのCCCDの再生は保証しないと公表するメーカーも出てきた。うー、怖い。もう2度とこの盤はかけません。

 この現状に鑑みても、ぼくは今回のavexの行為は勇み足だったと思う。avexがCCCDを発売するにあたって主張していたのは、「最近CDの売り上げが落ちており、それは明らかにCD-Rへのコピーやインターネット上でのファイル交換ソフトが原因である。そこで、アーティストの権利保護のため、ひいては音楽文化全体を衰退させないため、そうした行為の入口にあたる“パソコンへの音楽トラックの取り込み”を防止せざるをえない」と。まあ、そんな感じだ。avexの担当者がどこかのインタビューで「最近、中学生がデパートでCD-Rを買っているのを見た。おそらく違法コピーするんだろう」みたいな発言をしていたのも読んだ。理由になってないぞ。全て憶測。ユーザー全員を犯罪者扱いだ。失敬な。CDの売り上げが落ちたのはCD-Rやファイル交換ソフトのせいだって言うけど、根拠は? だいいち、あらゆる商品の売り上げが減少しているこの不況下、なぜCDだけは今でも右肩上がりで売り上げが伸びているはずだという前提に立てるのか。わからん。

 「もともとプロテクトが甘いことはわかっていた。あえてプロテクトをかけたのは、音楽は対価を払って聞くものだということをユーザーに思い出させたかったからだ。啓蒙だ」みたいなavex発言もあったな。どうよ? ずいぶん偉そうじゃない? ユーザーは犯罪者で、自分たちは音楽文化を保護する良心の人だ、と。そのわりに、音楽自体の質/内容のことは置き去りにして、売り上げの話ばっかりだし。だったらそんな一見良心的なお題目を振りかざさず、企業としてこれまで通りの儲けを確保したいのでプロテクトをかけます、と。正直に宣言すりゃよっぽどすっきりする。そういや、CCCDの発売が株主総会を控えた年度末に一気に行なわれたというのも妙にキナくさかったり……(笑)。

 ラジオからエアチェックしたり、レンタル屋で借りてカセットなりMDなりにダビングしたり、ファイル交換ソフトでゲットしたり。そうやって入手した曲が本当に自分にとって大事なものだったら、音楽ファンは絶対いつかその曲の正規盤を買うよ。もし買わないとしたら、それはまあ、コピーで満足できる程度の、タダなら聞いてやってもいいけど……的な楽曲だったってこと。レコード会社が今やるべきは、ネットを介した音源ファイルのやりとりさえも簡単にできるようになってしまった時代に、それでも金を払って聞きたいと思えるごきげんな音楽を作ることだ。そういう音楽を作れるアーティストを育てることだ。テレビのタイアップだの、カラオケ・ブームだの、あの手この手を駆使して別に音楽が特に好きでもないような人にまでCDを売りつけて、むりやりミリオンセラーを演出しながら会社を太らせてきた、そのツケがネットワーク時代の本格化とともに回ってきただけ。これまでが儲かりすぎだったんだよ、きっと。でも、時代は変わった。技術が時代を変えた。だから、考え方を改めて新時代に適応する真摯な方向性を見つめ直すべきでしょう。ユーザーをハナから疑って怪しげなプロテクトかけるより、旧態依然とした著作権法を抜本的に見直すとか、ベートーベンもシナトラもクラッシュもサザンもミニモニも、全部基本的には一律の値段で売られるしかない再販価格制に関して撤廃も視野に入れた議論をきっちり展開するとか、そっち方面に頭を使ってもらえないもんかな。そっちのほうが断然文化的だ。

 実際に売られているCCCDにシールで貼附された注意事項もずいぶんと高圧的。シールが2枚重ねになっていて、明らかに事後訂正が入っているのも気になる。もともとは“WindowsパソコンのCD-ROMドライブではエクストラトラックに収録された楽曲を再生して楽しむ事ができます”となっていたものが、“Windowsパソコンの一部ではエクストラトラックに収録された楽曲を聞くことができます”に変更されていたり(なんだよ“一部”って。一部でしか再生できないのかよ)。免責事項として“圧縮音源再生ソフトウェアが収録されてますがWindowsパソコン全てで動作するものではなく、このCDをCD-ROMドライブに導入した結果、データやハードに何らかの損害が生じてもavexでは一切保証しません”って書かれていたり。かなり物騒だ。CDじゃないのにあくまで“CD”と言い張ってるし(笑)。しかも、基本的には手持ちのCDプレーヤーで再生できなかったとしても返品には応じない、と。すべては自己責任。イヤなら買うな……ってこと。アタっても知らねーよって言いながらフグさばいてるガンコな板前みたいだ。まずいんじゃないかなぁ、この姿勢。

 聞き手側にもクリエイティヴィティってやつがあって。実はこいつこそが、作り手側のそれ以上に音楽シーンの“質”の部分を支えていたりするのだ。聞き手がその音楽に対してどういう形で関わるか、どういう環境で楽しむか、その部分を作り手がコントロールしていいはずもない。ましてや、作り手ではない、その中間に入っている単なる“送り手”が手出しすべきでもない。どんなメディアを使って、どんな再生装置で、どんな曲順で、どんな音質で、どんな音量で、どの程度集中して聞こうが、あるいは適当に聞き流そうが、そんなもん聞く側の勝手だ。聞く側の自由だ。その自由を尊重する形でこれまでの音楽メディアは存在していた。そういう自由を許されているからこそ、ぼくたちはレコードなり、ミュージックカセットなり、CDなり、MDなり、音楽メディアを買った。で、そのメディアそのものをそのまま再生したり、好きな曲順に並べ替えて別メディアにコピーして聞いたり、ときどきは違法と言われながらも友達と貸しっこしたり、そうやって聞き手が自由に楽しむなかで豊かな音楽シーンというのは形成されてきた。次代を担うアーティストだって、すべてそういうなかから生まれてくるのだ。間違いなく。にもかかわらず、今回avexが出したCCCDでは、音楽シーン、音楽文化を形成する上で重要な存在であるはずの聞き手の自由のうちいくつかが意図的かつ一方的に規制されてしまっている。“音楽文化を守る”という建前のもとで、だ。そりゃおかしいだろ。

 avex自体、この問題をそれほどたいしたものだとは考えていなかったんじゃないかな。ファイル交換や音源圧縮などデジタル時代ならではの様々な新技術の実体とか、それらの背景に横たわる文明的/文化的な意味合いとか、そういったものに対する考察がまったくないがしろにされている印象がある。コンピュータ/ネットワーク絡みの世界ではこうした問題に関する論議が今なおえんえん繰り返されてきていて。しかし様々な要素が複雑に絡み合いすぎているため、法的にも、倫理的にも、文化的にも、いまだ決定的な答えが見つからない状態だ。にもかかわらず、avexはそうした過去の論議だとか文化に対する考察だとかをスキップして、とりあえず現状の漠然とした著作権法のもとで漠然と得られている目先の利権を確保するための安易な方法論に飛びついた、と。ドル箱だった浜崎の勢いも今ひとつ伸び悩んでいるし、鳴り物入りで移籍してきたMISIAも爆発的なセールスとまではいかなかったし、株価も下がってるし。大変なのかな。で、ユーザーの意向など気にもかけず、軽い気持ちで勇み足ぎみにCCCDの発売に踏み切っちゃった、と。

 ワーナーもこのavexの動きに追随する予定だとか。やめてほしいぞ。どうしてもプロテクトかけたいって言うなら、すでに定着したCD-DAという、音質的にも使い勝手的にもけっこう使えるけどプロテクトに関してはユルユルのメディアをいたずらに混乱させることはやめて、あらかじめプロテクト方法が確立されていて、どの専用プレーヤーでもちゃんとかかるDVDオーディオとかスーパーCDとか、そっちにメディアを変えてほしい。中途半端なプロテクトは、結局ユーザーにツケを回すだけなのだから。



【館主からのひとこと】
本当はavexの方と対談をさせていただきたかったなぁ。編集部からその旨avexに対して申し込んでもらったのだけれど、あえなく断わられ(笑)。粘って交渉を続けてはもらったものの、結局ダメ。実現できなかった。たぶんavexサイドでもまだ今回のCCCDリリースに関しては評価が固まっていない段階だとは思う。てゆーか、固まりようがないテーマでもあるし。そんな流動的な状況を含め、ぜひ一度、直接生の声を聞かせていただきたいと思っております。


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