asahi.com MYTOWN 愛知2004年1月25日 更新 より


[癒やしの裏側]

マッサージ

 疲れた現代人を誘い込むように、世の中で「癒やし」が流行する。ペット、音楽、マッサージ……。膨張するブーム陰で、何が起きているのか。


 足の親指の根元あたりをぐいっと押される。痛い。でも気持ちいい。

 「首と肩がお疲れのようです」。施術する女性がささやくような声で教えてくれた。

 18万円の特注の寝いすに横たわり、ひざ下を「マッサージ」してもらう。50分で5500円。

 静かな音楽、少し控えめの照明。落ち着いた店内は、人通りの多い名古屋駅の地下街とは思えない。12あるいすを見渡すと、若い女性のほか、ネクタイ姿の男性も。

 疲れがとれたかどうかはわからない。でも、少なくとも店にいる時間は「癒やされる」感じだ。

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 足裏の「つぼ」を刺激する「リフレクソロジー」という名を広めた業界の大手、日本リフレクソロジー協会。6年前、東京・南青山に最初の店を開き、いま、全国で80店を超す。

 一等地の表通りへ出店し、外観は上品な緑色に統一した。前金制の明朗会計。独自に開発した刺激法にもかかわらず、イメージのいい「英国式」と名づけた。

 計算しつくした店づくり。癒やしはビジネスになった。

 藤田桂子社長は「うらぶれた雰囲気がつきまとうこれまでのマッサージ店ではなく、くつろげる非日常空間を作ることを目指した」と、急成長の秘訣(ひけつ)を説明する。

 いま、年に150万人を集め、昨年は79億円を売り上げた。海外から視察に来る人も現れた。

 「てもみん」の名で知られるマッサージ店を全国展開するグローバルスポーツ医学研究所。若い人や女性客も増やそうと、いすに座ったままマッサージできる店を96年、東京駅前に出した。

 いすスタイルは米国のニューヨークで流行していたもの。手軽さが受け、短時間マッサージの草分けとなった。現在、全国で約100店。出店の誘いも、毎月ある。

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 「アロマテラピー」

 「タイ式」

 「ボディートリートメント」

 さまざまな呼び名を冠した店が、全国の街角で急増している。癒やしのマッサージ市場は、ここ数年で2千億円といわれるほどに広がった。

 名古屋市中区錦3丁目。この500メートル四方ほどの繁華街を歩き、手足や肩などのマッサージ店を探してみた。看板やチラシが出ているだけで、23も見つかった。

 ところが、管轄する中保健所に聞いてみると、このうち届けが出ているのは6店だけ。「無届けの店があることは知っている。でも、数が多すぎて実態はわからない」

 保健所が困惑しているのは、店の届けの問題だけではない。

 あん摩マッサージ指圧師に関する法律によると、マッサージで商売をする人は、国の免許を取る必要がある。看板やチラシに値段を入れることも禁じられている。

 しかし、実際に免許を持つ人がいる店は1、2割とさえ言われる。無資格、無届けの店が乱立しているのだ。

 愛知県マッサージ師会長の春田武良さんは、こうした新興勢力を苦々しく見ている。

 春田さんの治療院は、木造民家の一部を改築したもの。中の様子は見えず、価格もわからない。初めての人には入りにくい雰囲気だ。

 「旧来のマッサージ師はビジネスが下手で、女性や若い客層をつかめなかった」。そう認めながら、ぼやきももれる。

 「無資格マッサージの多さは目に余る。警察も保健所も、取り締まりにはあまりに不熱心だ」

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 新興業者が入り込む「すき間」になったのは、法そのもののあいまいさだ。

 戦後すぐに制定された法律は、「マッサージ」の定義が不明確だった。このため体をもんだり、さすったりしても「マッサーWではない。エステだ」などと言われると規制は難しい。

 さらに、最高裁の判例で「人体に害を及ぼさなければ禁止処罰の対象にならない」とされた。

 日本あん摩マッサージ指圧師会などは法改正を要望している。しかし厚生労働省に積極的に取り組む姿勢は見えない。

 「リフレクソロジーは治療ではなくて癒やし。だから国家資格は必要ない」というのが、日本リフレクソロジー協会の藤田社長の立場だ。同社で働く人は、自社の養成学校で数カ月から1年のトレーニングを受けるが、免許は持たない。

 「てもみん」でも、国家免許のない人が自社訓練で働く場合がある。

 大手は、何度も通うリピーター客をつかむため、技術水準を保つ工夫をしている。だが、業界全体では玉石混交だ。

 どの店で、だれが、どんな施術をしているか。その実態を、業界団
体も行政もつかめていない。

 グレーゾーンを残したまま、マッサージ業界は拡大を続けている。

 (添田孝史)



免許保有者は現在約9万人


 マッサージ師(あん摩マッサージ指圧師)の免許を受けるには、盲学校や専門学校などで3年以上の教育を受け、厚生労働省が実施する年1回の試験に合格する必要がある。毎年新たに合格するのは約2千人。現在、約9万人が免許を持っていると見られている。


(03/5/18)