カイロプラクティック療法における損害賠償の裁判例

 

施療すること”への責任の重さは資格の有無とは別問題である ―

― 施療する人・受ける人、誇大広告をする側・それを取り締まれないふがいなさ…

それを許す人、それぞれが持つそれぞれの責任とは? ―

 

 

判例1:大阪地裁 平成元年7月10日判決

 

 被告 鍼師・灸師

背筋痛を訴えて、治療院を営む被告の診療を受けたところ、2〜3分の問診をした後、背骨と首の骨が曲がっているからと説明し、カイロプラクティックの説明をせず、施術の承諾を得ることなく、背部から胸椎を指圧し、頭部を前後左右に曲げたり回旋させたりした。

被告は、施術に先立ち、原告に対して「背骨がずれている。背骨と首の骨が曲がっているから痛みが出る。骨の曲がりを直さないかん。」などと説明したうえ、「私は病院の検査で数ヶ月かかっても原因が判らない病人をその場で骨のずれからの病状と診断したが、その後病院でも骨の異常と判ったので病院の医者がびっくりしていた。」「何件もの病院を廻っても治らなかった人を当院で治した。」「リウマチで歩行困難だった大病院の外科部長を治した。」等としきりにカイロプラクティック療法の効能を強調したようである。

原告は、施術の翌18日から豊中市民病院で精密検査を受けたところ、頚椎症性頚髄症であり、被告の施術が症状の急性増悪を招いたと診断された。

その後入院及び通院による治療並びに手術を受けたが、両下肢の頚性麻痺による歩行障害及び胸椎6以下の知覚障害等を招来し、身体障害者福祉法施行規則別表第5号の3級所定の後遺症を残した。

裁判所は被告に対し、金3584万6460 円及び訴訟費用5分の4の支払いも命じた。

参考文献:判例時報 P124,125,126,127,128

 

被告の責任

被告の義務違反の具体的内容は、まず、被告は医師免許を有していないのであるから、原告のように背部の痛みという症状を訴える者に対しては、エックス線検査、CT検査、ミエログラフイー検査等のできる医療機関にその診療を委ねるべきであるのにもかかわらずこれを怠った。また、被告は原告に対して、カイロプラクティック療法によりかえって背部痛や脚の感覚異常を増悪させたり、場合によっては不可逆的不全麻痺等の事態が生じる可能性があることを説明し、危険性を認識したうえで尚カイロプラクティックによる施術を希望するか否かの判断をする機会を与えるべきところこれをせず、かえって病院よりも被告の手法がすぐれていると宣伝し、原告の症状は背骨の曲がりが原因であるという誤った判断結果を告げて、正確な判断を不可能とさせた。

 さらに、このような症状の患者に対して頚椎部等に強力な力を加えるカイロプラクティック療法は絶対に避けるべきところ、これを敢えて行なったため障害を負わせた。

 なお、カイロプラクティック療法は、その施術の結果、かえって頚部痛、腰痛が生じたり、それが増悪するといった症例が多数あり、危険な療法である。かかる危険性を有する行為が民間ではあたかも確立した医療行為であるかのような体で、無資格・無免許のままで行われているのが実情のようであり、医学上公認されていないことから、過度の効能効果の宣伝により患者の療法の危険性に対する認識を誤らせたり、患者が病院等の医療機関で適切な時期に必要な医学的諸検査を受ける機会を奪ったりして、重大な後遺症を発生させる。  

したがって債務不履行に基づき障害による損害を賠償する責任を負うとした。

 参考文献:判例時報 1340号

 P118,119,120,121,122,123,124,125,126,127,128

 

 

判例2:東京地裁 平成3年1月28日判決 

 

整体治療士が腰痛を訴えた患者が、整体施療を受けたところ脊髄不全損傷(馬尾神経麻痺)の障害を負ったケースを整体施療は人体に重大な影響を与えるもので危険性を伴うから患者に対して問診・レントゲン撮影等の諸検査を尽くし、適切な経過観察をした上で整体治療を行なうべきかどうか判断すべき業務上の注意義務があったが、これを怠ったとして被告に対して3902万989円、訴訟費用の16分の9を被告の負担とした。

         参考文献:判例タイムズ No.764 

P236,237,238,239

 

カイロプラクティック療法、整体療法の裁判例の制目すべきは、免許の有無が問われていないことである。

レントゲン、CTスキャン、ミエログラフイー等の検査を受け、医師に診察を受けて危険性の有無を判断してもらってから施療していない過失が問われている。

 

 すなわち実質的に我々有資格者においても独自にカイロプラクティック、整体療法は行なってはいけないとしていることである。

 

 この裁判の中でもあったように、医学上公認されていない療法に自ら行く方には問題がないのであろうか。また、あたかも医学上公認されたがごとき広告の取り締まり義務を怠った行政の責任は問われないのであろうか。

 我々、公共の福祉衛生の向上を目指す者として厳しく対時したいと思います。 このようなことをふまえて、今後のカイロプラクティックの対策につなげていければと思いつつ参考にと報告します。          【川村雅章】

 

背筋痛を訴える患者に対し問診だけでカイロプラクティツク療法を施し頚椎症性類髄症を生じさせたとして、障害に対する施術の寄与度五割についてマッサージ師の賠償責任が肯定された事例

 

 

〔損害賠償請求事件、大阪地裁昭62(ワ) 1223号、平元.7。10民17部判決、

一部認容(控訴)〕

 

 Xは背筋痛を訴えて鍼、灸、カイロプラクティック等の療法の治療院を営むYの診療を受けたところ、Yは、2、3分間の問診をした後、背筋痛は背骨と首の骨が曲がっているからであると説明し、カイロプラクティック療法(以下「本件療法」という。)による施術の説明をせず、Xからこの施術の承諾を得ることなく、本件療法により背部から胸椎を指圧し、頭部を前後左右に曲げたり、回旋させたりした。Xは、施術中衝撃的な痛みを感じ、その終了後は両下肢とも麻痺状態で歩行困難となった。そのため、Xは、翌日以降、A病院に受診し、頚椎症性頸髄症による両下肢不全麻痺による歩行困難と診断され、治療と手術を受けたが、両下肢の痙性麻痺による歩行障害等の後遺症が残った。

Xは、本件施術を受ける前にXが頚椎症性頸髄症を有していたから、Yは医療機関による診療に委ねるべきであり、また、本件療法による施術をするにあたり、本件療法について十分説明をしてこの施術を希望するかの判断をする機会を与えるべきところ、これを怠り、強力な力を加える本件施術をしたと主張して、Yに対して債務不履行、予備的に不法行為による損害賠償請求をした。

本判決は、Xの本件施術前と本件施術後の症状からみて、本件施術とXの障害、後遺症との間に相当因果関係がある(本件施術の寄与度は50パーセントである)と認定した上、本件療法は場合によっては症状を増悪させる危険性もあるためにいまだ医学上公認されていないから、本件療法を行う際は、最善の注意義務を尽くして症状の原因解明と施術の適応について判断し(その解明ができないときは病院での診療を受けさせるべきである。)、施術の方法も軽度の施術により患者の反応を見ながら徐々に適切な施術をすべきであり、また、本件施術は患者にその内容と危険性を十分説明し、患者の理解と協力を得て行うべきであるのにこれらの注意義務を怠ったとして、被告の債務不履行による損害賠償責任を認めた。

本判決は、医師でない者が医学界で是認されていない療法を選択施行する際に広範な注意義務を認めたことが注目される。

また、因果関係の割合的認定ないし原因競合に関する見解は多数ある(加藤「因果関係の割合的認定」判夕633.46が各説の紹介と分析に詳しい。なお、この論文に引用されている文献も参照されたい。)が、本判決は、寄与度減額説によったものと思われる(ただし、本判決が減額すべきX側の事情の寄与度を認定せず、本件施術の寄与度を認定している点が本来の寄与度減額説と異なる。)。カイロプラクティック療法の際の事故について神戸地判昭58.12.20本誌1127.132、大阪地判昭59.9.20判夕544.229がある。

 

ここに質問文を入力し、[検索] をクリックしてください!

【参照条文】  民法415条・709条

【当 事 者】  原      告  岩藤 能明

          右訴訟代理人  弁護士 松本 勉

被      告  吉田  亨

右訴訟代理人  弁護士 赤沢 敬之 

同          河村 利行

 

主文 

 一 被告は、原告に対し、金3584万6460円及びこれに対する昭和62年2月17 

  日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

 二 原告のその余の請求を棄却する。

 三 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 

 四 この判決は、原告において金1000万円の担保を供したときは、主文第一項に

  限り仮に執行することができる。

 

事実

第一 当事者の求めた裁判

    一 請求の趣旨

     1 被告は、原告に対し、金4400万円及びこれに対する昭和61年1月18日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

     2 訴訟費用は被告の負担とする。

     3 仮執行宣言

    二 請求の趣旨に対する答弁

     1 原告の請求を棄却する。

     2 訴訟費用は原告の負担とする。

 第二 当事者の主張

    一 請求原因

     1 当事者 原告は昭和13年3月28日生まれで、大阪府豊中市千成町2丁目2番46号で各種焼却炉を製造販売する有限会社イワオ産業を経営する者である。被告は同市庄内東町4丁目4番15号で庄内治療院の名称で鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業とする者である。

     2 被告の施術経過と原告の障害の発生

(一) 原告は昭和61年1月17日背筋の痛みを覚え、同日午後4時ころ右庄

         内治療院を訪れ被告の診療を受けた。その際、原告と被告間には、被告は最善の注意義務を尽くして原告の症状の原因 を解明して適切な治療処置をとる旨の診療契約が締結された。

(二) 被告は施術に先立ち、原告に対し、「背骨がずれている。背骨と首の骨が曲がっているから痛みが出る。骨の曲がりを直さないかん。」などと説明したうえ、「私は病院の検査で数か月かかっても原因が判らない病人をその場で骨のずれからの病状と診断したが、その後病院でも骨の異常と判ったので病院の医者がびっくりしていた。」、「何軒もの病院を廻っても治らなかった人を当院で治した。」、「リウマチで歩行困難だった大病院の外科部長も治した。」等としきりにカイロプラクティック療法の効果効能を強調した。

   そして、被告は、原告に対して、カイロプラクテイック療法 により次のような施術をした。まず、被告は、原告にベッドに うつ伏せになるように命じ、背中に電気治療を約10乙分間加え、次に、うつ伏せのまま上から背骨及び顔骨に対し指圧をしてボキボキ音を鳴らせ、更に、ベッドの端に座らせ頭を前後左右に曲げたり回したりして頚骨をボキボキ鳴らせる等の施術を施した。

なお、被告は右のように原告の背骨をボキボキ鳴らせたときに、 「骨のずれが治った音だ。」などと説明した。

(三) 原告は、右のようにうつ伏せのまま背骨及び頸骨を指圧されたときに肩から足先にかけて電気が走ったような感覚を受け、また、右施術が終了した後ベッドから降りたところ、両足とも痺れて一人で着地もできず、歩行困難となった。その後原告は、待合室で約2時間安静にしていたが物につかまらなければ歩行できなかったので、自宅に電話をして妻と長男に車で迎えに来てもらった。

    なお、被告は、原告の右状態を見て不安を覚え、原告に対して病院で診察を受けるよう指示した。

(四) 原告は、右施術の翌18日から豊中市民病院で精密検査を受けたところ、頚椎症性頸髄症であり被告の右施術が症状の急性増悪を招いたものと診断された。その後原告は、同病院で入院及び通院による治療並びに手術を受け、同年7月、症状固定の診断を受けたが、両下肢の痙性麻痺による歩行障害及びTH6以下の知覚障害等を招来し、身体障害者福祉法施行規則別表第5号の3級所定の後遺症を残した。

     3 因果関係

       原告は、被告による右施術前から頚椎症性頸髄症に罹患しており、これを

原因とした背部痛や下肢の温度感覚低下等の症状を有していたが、被告のカイロプラクティック療法による右施術によって、右症状の急性増悪を招き、両下肢の不可逆的不全麻痺を来した。この因果関係については次のとおり明らかである。

 即ち、原告は被告の前記施術前から頚椎症性頸髄症に罹患していたが、その症状は単に下肢の感覚低下又は背部痛に過ぎなかった。原告の症状として仮にヘルニアが発現していたとしても、本来自然的経過では当初の下肢の感覚低下又は背部痛程度のまま推移した可能性が強く、更に専門整形外科医によるいわゆる間欠的牽引や投薬、生活指導により8割近い回復が期待し得たと考えられるものであり、仮に外科的手術が必要という事態に陥ったとしても、本件における原告のように不可逆的不全麻痺という後遺症を遺すことはなかったといわなければならない。

         なお、因果関係の判断にあたり、原告のように元々ヘルニアの素因を有していたことをもって、程度ないし寄与度という面で一定の減殺をする考え方もあるが、右のように、本来自然的経過であっても当初の軽微な症状のままで推移するという可能性も否定できず、かつ、仮に若干増悪する可能性があったとしても、保存的療法により8割近く回復すること、また、外科的手術による治癒の可能性ということも併せ考えると、かような素因は因果関係の判断にあたり無視すべきものといわなければならない。

     4  被告の責任原因

 原告の右障害は次のような被告の義務違反によるものである。

 原告は、被告の右カイロプラクテイックによる施術を受ける前に:頚椎症性頸髄症を有していて、これを原因として下肢の温度感覚低下、背中の痛み等の病状を訴えていた。椎間板の退行性変性は20歳を超えれば出てくるもので、40歳位になれば個人差は非常に大きく、椎間板が完全脱出して後縦靱帯を突き破る程度の症例もある。なお、原告の後縦靱帯の石灰化は軽度であった。原告のような頚椎症性頸髄症を有する者に対しては、まず頚椎のエックス線写真を撮って変化の程度を確認し、間欠的な牽引と投薬、生活指導等の保存的療法をし、これで改善がない場合には持続牽引、更に外科的手術をするという治療をしなければならない。ところが、被告は、原告に対して有資格者によるエックス線検査等による症状の検査確認もないまま前記2(二)のように頚椎等に強い力を加え続けたため、原告に前記2(四)の重大な障害を与えてしまった。  

      被告の義務違反の具体的内容は、まず、被告は医師免許を有していないのであるから、原告のように背部の痛みという症状を訴える者に対しては、エックス線検査、CT検査、ミエログラフイー検査等のできる医療機関にその診療を委ねるべきであるのにもかかわらずこれを怠った。また、被告は原告に対して、右カイロプラクティック療法によりかえって背部痛や脚の感覚異常を増悪させたり、場合によっては不可逆的不全麻痺等の事態が生じる可能性があることを説明し、右危険性を認識したうえで尚カイロプラクティックによる施術を希望するか否かの判断をする機会を与えるべきところこれをせず、かえって病院よりも被告の手法がすぐれていると宣伝し、原告の症状は背骨の曲がりが原因であるという誤った判断結果を告げて、原告をして正確な判断を不可能とさせた。更に、原告のような症状の患者については類推部等に強力な力を加えるカイロプラクティック療法は絶対に避けるべきところ、これを敢えて行ったため原告に対して前記障害を負わせた。

なお、カイロプラクティック療法はその施術の結果、かえって頸部痛や腰痛が生じたり、それらが増悪するといった症例が多数あり、危険な療法である。かかる危険性を有する行為が、民間ではあたかも確立した医療行為であるかのような体で、無資格、無免許のままで行われているのが実情のようであり、医学上公認されていないことから、過度の効能効果の宣伝により患者の右療法の危険性に対する認識を誤らせたり、患者が病院等の医療機関で適切な時期に必要な医学的諸検査を受ける機会を奪ったりして、重大な後遺症を発生させることがあり得るところであり、本件もこのような場合に該当する。

したがって、被告は、原告との間の前記診療契約における義務に違反して原告に前記障害を与えたので、原告に対して、債務不履行に基づき右障害による損害を賠償する責任を負う。また、被告は、右のような過失により原告に右障害を与えたのであるから原告に対する不法行為を構成するものであり、原告に対して、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

 5  損害

      原告は、右障害により次の損害(合計金9119万1358円)を被った。

(一) 入院通院関係費用

  原告は、右障害の治療のため、豊中市民病院に昭和61年1月27日から同月30日まで及び同年3月3日から同年4月26日まで 合計59日間入院し、また、同病院に同年1月及び同年3月から昭和62年1月1日まで通院し、更に、昭和61年7月1日から同年9月30日まで重成鍼灸療院に通院した。 

       (1) 治療費(自己負担分) 金28万5300円

(内訳)

原告が豊中市民病院に支払った治療費 

金16万7300円

(なお、内金4000円は文書料である。)

         原告が重成鍼灸療院に支払った治療費

金11万8000円

     (2) 装具代 金4590円

(内訳)

杖       金3000円

コルセット  金1590円

      (3) 入院雑費(59日入院、1日1000円宛) 金5万9000円

 (4) 文書料 金7000円

(二) 逸失利益

 原告は、前記施術当時、前記1の有限会社イワオ産業から給与として月

        70万円の収入を得ていた。

(1) 休業損害 金176万8620円

即ち、原告は前記施術の日である昭和61年1月 7 日から 症状固定日と解される同年7月16日まで、右会社における就業ができなかったので、その間の給与を得ることができなかった。この間得べかりし給与は6か月分の金420万円で あるところ、原告は社会保険から右期間の休業損害填補分として金243万1380円の支給を受けたので、これを控除した金176万8620円が右期間の休業損害である。

(2) 将来の逸失利益 金7381万6848円

            即ち、原告は前記後遺症によって労働能力を67パーセント喪失した。原告は右症状固定日において満48歳であったが、以後就労可能な満67歳までの19年間の逸失利益は、年収840万円に67パーセントと期間19年間の新ホフマン係数13.116をそれぞれ乗じた金7381万6848円である。

(三) 慰謝料 

(1) 入院通院についての慰籍料 金125万円

         原告は、前期のように、豊中市民病院に59日間入院し、また、症状固定までに同病院及び重成鍼灸療院に右入院期間を含めて約5か月間通院したので、症状固定までの原告の障害についての慰籍料は金125万円が相当である。

(2) 後遺症についての慰籍料 金1000万円

 原告の前期後遺症についての慰謝料は金1000万円が相当である。

   (四) 弁護士費用 金400万円

 原告は、弁護士である訴訟代理人に本件訴訟迫行を委任し、報酬として請求金額の1割の金額を支払う旨約した。

   6 よって、原告は、被告に対し、主位的に債務不履行による損害賠償請求権に基づき、予備的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害のうち弁護士費用を除く金8719万1358円の内金4000万円及び弁護士費用金400万円の合計金4400万円並びにこれに対する前期施術日の翌日である昭和61年1月18日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員の支払いを求める。

  二 請求原因に対する認否

   1 請求原因1(当事者)の事実のうち、原告が昭和13年3月28日生まれである事実及び被告が大阪府豊中市庄内東町4丁目4番15号で庄内治療院の名称で鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業とする者である事実については認めるが、その余の事実は不知。

   2 請求原因2(被告の施術経過及び原告の障害の発生)について

(一) 請求原因2(一)、(二)の事実のうち、原告が昭和61年1月17日午後4時ころ被告の庄内治療院を訪れ、被告が原告に対して施術をしたことは認めるが、その詳細は次のとおりである。即ち、

       原告が同日被告の庄内治療院を訪れた際の主訴は、腰部、両大腿部及び右腕のしびれ、頸部、背筋部の痛みであった。被告は原告に問診したところ、右腰部、両大腿部及び右腕のしびれは、半年前に転倒して以来の症状であるとのことが判明したので、医療機関における検査又は診断結果を問うたところ、原告は一切医療機関の診察を受けたことがないとの返事であった。 そこで、被告が原告にその理由を問いただしたところ、原告は病院が嫌いであるとか多忙につき行けない、或いは、原告の母親が同じような症状で病院の手術を受けたが完治していないの で信頼できないなどの理由であったので、被告は原告に対し、必ず病院で検査及び治療を受けるように勧めたものである。

          ただ、原告の頸部及び背筋部の痛みについては、一週間位前から症状が出てきたとのことであり、原告が被告にカイロプラ クティックの施術を求めたので、被告は原告に対して電気治療及びカイロプラクティックの施術を行った。この施術は原告の背筋部の痛みの程度がかなり大きかったため、強く力を加えずに、実際は軽いマッサージ程度の施術をしたに過ぎない。した がって、原告主張のようにボキボキ音を鳴らせるようなことはしなかった。これは、原告が被告の施術中痛みに辛抱できたことからも明らかである。また、被告のカイロプラクティック療法として、患者をうつ伏せの状態にして頸部を指圧することはない。つまり、被告はカイロプラクティック用のいわゆるカイ ロベッドを使用しており、その構造上、頚推部分はベッドが空間になっているので、そこにうつ伏せにして頸部を指圧することはあり得ないのである。したがって、頚骨の指圧によりボキッと音がしたことはあり得ず、また首の付け根の指圧により肩から足先にかけて電気が走るような感覚を生じることもない。

(二) 請求原因2(三)の事実について、被告の右施術が終了した後、原告が多少ふらつき、少々歩行が困難であったことは認める。なお、被告が原告に過去にふらついたことがなかったかどうかを問うたところ、原告は踏台に昇ったときなどにふらつくとの返事であった。原告は一旦自力で帰宅しようとしたが、ふらつきがあるため自宅に電話し、約30分後に原告の妻が迎えにきたので共に帰宅した。

(三) 請求原因2(四)の事実のうち、原告が同月18日から豊中市民病院で精密検査を受けて頚椎症性頚髄症と診断された事実は認めるが、被告の施術により原告の右症状の急性増悪を招いた事実については否認する。後記3のとおり被告の施術と原告の障害との間に因果関係はない。また、原告の入院、通院、手術及び症状固定については不知。原告の後遺症の有無及び程度についても不知。

   3 請求原因3(因果関係)について

     請求原因3のうち、原告が被告による施術前から頸椎症性頸髄症に罹患して

     いた事実は認めるが、その余は否認する。仮に原告に何らかの障害が存したと

しても、それは原告が従前より罹患していた右           頚椎症性頸髄症によるものであ

り、被告のカイロプラクティック療法による施術との間に因果関係は存しない。以

下、この点について詳述する。

     原告は被告の施術を受ける以前から頚椎症性頸髄症に罹患していたものである。頚推症性頚髄症は、頚部椎間板ヘルニアとともに頚部椎間板障害として扱われる重要な疾患である。加齢的要因が関与し、椎間板の退行変性及びそれにより隣接椎体後緑にも変性が起こり、骨棘が形成され、これらが脊髄又は神経根を圧迫して症状を発するのである。つまり、変形し後方に突出した椎問板と骨棘の両者がともに脊髄又は神経根に対する前方からの圧迫要因となるのである。この頚椎症の症状としては、筋力低下、筋萎縮、放散痛及び知覚低下等の上肢症状並びに下肢及び躯幹筋の筋力低下、下肢から始まって次第に上行する知覚障害、痙性麻痺としての運動障害、膀胱直腸障害等の脊髄症状がある。頚椎症の典型的な症状としては、通常、一個又は両側の上肢(特に手指)のしびれ感や筋力低下等で発症し、やがて一個又は両側の下肢の運動、知覚障害が発現してくる。

  後縦靱帯(脊柱の椎体後緑にそって頭頚移行部から尾椎まで縦走する靱帯で、脊柱管の前壁を形成する。)が肥厚し、骨化する病態が後縦靱帯骨化症であるが、同症は脊柱管の狭小化により脊髄の圧迫症状を発生する。この初発症状としては、上肢のしびれや痛み、項頸部のこりや痛み、下肢のしびれや痛み、下肢の運動障害などがみられ、下肢の症状は運動障害が進行し、起座、起立及び歩行が全く不能となる場合もある。脊髄圧迫の進行に伴い、感覚障害も足先から上行性に進行するものが多く、ごく初めは足先のしびれを訴え、次いで膝以下のしびれを訴えるものが多い。

       原告は、被告の前記施術前から極めて重篤な頚椎症性頚髄症に罹患してい

    た。即ち、椎間板が後方に(突出の城を超えて)脱出して一部後縦靱帯を破って

    いるという状態で、頚椎の変形の程度は中等度以上のものであった。また、後

    縦靱帯の石灰化及び重度の肥厚がみられ、神経自体が慢性的に圧迫された状

    態にあった。このような状態のもとでは、自然経過又はかなり軽度の外力によっ

    ても循環障害等が起きて症状が進行する可能性がある。原告には被告の右施

    術の6か月以上前から頚椎症性頚髄症に基づく下肢のしびれ及び温度感覚異

    常の症状が発現しており、更に、昭和61年1月15日ころに至って突如肩ないし

    背筋の痛みという新たな症状を呈するに至った。これが何らかの外力によるの

    か、或いは自然経過によるかは不明であるが、原告主張(請求原因2(三)、

    (四)、3)の障害の発生がその二日後という近接した時期であることに鑑みる

    と、右障害の発現は、その際の循環障害に基づく症状の自然経過による変化・

    進行の一環としてとらえることも可能である。仮にこれが外的因子によるものと

    しても、それは原告の日常的な行動の何かが因子となったと考えるべきである。

    また、頚髄及びその神経根に障害がある者、とりわけ、原告のように頚椎に著し

    い変化のある者は、頭を他動的に前屈させると電撃痛が背部、更に下肢まで放

    散することがあり、また、頚椎の後屈によっても四肢に放電する電撃的ショック

    が自覚されることがある。したがって、被告の施術の前後に原告が何らかの拍

    子で首をひねったり、或いはベッドから下りたときに何らかの力が加わったこと

    によって、原告の障害が発生したことも考えられる。

     いずれにせよ、原告の重篤な頚椎症性頚髄症の程度に鑑みると、原告の障害

    と被告のカイロプラクティックの施術との間には相当因果関係は存しないといわ

    なければならず、仮に何らかの関係が認められるとしても、被告のカイロプラク

    ティックの施術が原告の症状に寄与した程度は微々たるものである。

   4 請求原因4(被告の責任原因)について

     請求原因4については争う。被告には義務違反は存せず、原告に対して損害

    賠償責任を負うことはない。

     被告は、はり師免許、きゅう師免許を受けて、鍼、灸及びカイロブラクティックの

    施術所を開設する者である。カイロプラクティック療法は、医業類似行為には該

    当しないので法的規制はなく、広く施術所が開設されてその療法が認知されて

    いるが、被告は鍼灸の学校及び日本カイロプラクティック協会主催の講習会で

    その技術を習得し、昭和49年の施術所開設以来延べ7000ないし1万人に対

    し施術を行ってきたものであり、その間一度の事故もなかった。被告は医師免許

    を有するものではなく、法律上、エックス線検査、CT検査、ミエログラフイー検査

    等の検査をすることは許されていない。したがって、施術を求める患者の身体状

    況を知る方法としては患者に対する問診における患者の回答内容、患者の顔

    色など外観の観察及び施術の過程における患者の反応等からこれを推測する

    しかなく、また、それ以上の検査をする義務なないといわなければならない。

     原告の主張ないし供述によると、原告は被告の質問に対して「肩こりがきつく、

    背筋が痛いがほかには痛いところはない。」などと説明し、また施術中にも被告

    に対して特に異常な痛みを訴えることもなかったというのであるから、被告は原

    告が前記3のような重篤な頸椎症性顔髄症に罹患しているということは知り得る

    べくもなく、このような場合にまで、被告がエックス線検査等の検査のできる医療

    機関にその診察を委ねる義務はなく、被告が原告に対してカイロプラクティック

    の施術を行ったことに過失は存しない。これは、原告が強い背筋の痛みの他に

    軽い腰痛その他軽いしびれ程度の説明をなした場合も同様である。カイロプラク

    ティックの施術を求めてその施術所を訪れる者は、総て、大なり小なり何らかの

    身体の変調を訴えるものであるから、本件のような場合にまでカイロプラクティッ

    クの施術を認めないとすることは、カイロプラクティック施術そのものを全く否定

    し禁止することと同一である。

     また、被告は、前記2(一)のように、原告に対するカイロプラクティックの施術

    において、原告の背筋の痛み等に応じて適正な力加減で施術を行ったのである

    から、被告の施術方法自体にも過失はない。

     なお、原告は、被告がカイロプラクティックの施術をすることを知らなかったか

    のような主張をするが、原告はカイロプラクティック療法による施術を受けるため

    に被告の施術所を訪れたものである。これは、原告の娘である岩藤尚美が昭和

    60年9月8日から被告の施術所に通っており、昭和61年1月当時もカイロブラ

    クティックの施術を受けていたことや、被告の施術所内にカイロプラクティック療

    法の施術を行う旨の表示が存することからも明らかである。

   5 請求原因5(損害)の事実は不知。

     なお、原告の労働能力喪失率については67パーセントよりはるかに小さいも

    のである。即ち、原告は現在身体障害者用に改造されていないマニュアルミッシ

    ョンの普通乗用自動車を運転することができ、短距離であれば杖をつくことなく

    独歩を行うことが可能である。そして、原告は昭和13年生れであり、有限会社イ

    ワオ産業の代表取締役で主として営業に携わっているというのであるから、右

    立場の原告につき、右の程度の障害が残存するとしても、原告主張の程度の後

    遺症により労働能力喪失率は67パーセントをはるかに下回るものである。

 第三 証拠≪略≫

  【理由】

  一 請求原因1(当事者)について

      請求原因1の事実のうち、原告が昭和13年3月28日生まれである事実、及

     び被告が大阪府豊中市庄内東町4番15号で庄内治療院の名称で鍼灸及び

     カイロプラクテイックの療法を行うことを業とする者である事実については当事

     者間に争いがない。≪証拠略≫を総合すると、原告が同市千成町2丁目2番4

     6号で各種焼却炉を製造販売する有限会社イワオ産業を経営する者である事

     実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

   二 請求原因2(被告の施術経過と原告の障害の発生)について

     1 請求原因2の事実のうち、原告が昭和61年1月17日午後4時ころ被告の  

      庄内治療院を訪れ、被告が原告に対してカイロプラクティック療法による施術

      をした事実については当事者間に争いがない。なお、≪証拠略≫を総合する

      と、カイロプラクティック療法は、掌ないし手指による押圧、回旋、牽引等によ

      り脊椎の異常を矯正する治療法であり、法的規制を受けていないいわゆる

      民間療法であることが認められる。

     2 右施術前の原告の自覚症状並びに被告の原告に対する問診及び説明の

      内容について判断する。

       前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を総合すると、次の事実が認められ

      る。 

       原告は、被告の施術を受ける約半年前から両下肢に時々温度感覚の違い

      を感じていたところ、昭和61年1月15日ころから肩こりを覚え、更に同月16

      日の夜からは肩の痛みと背筋の痛みを覚えたので、治療を受けるため、翌1

      7日被告の治療院を訪れた。原告は、それまでカイロプラクティック療法によ

      る施術を受けたことはなく、被告の治療院を訪れる際にも、被告の治療内容

      についてはあんまの少し上手な程度のものという認識しかなく、その具体的

      施術内容は知らなかった。原告は、被告の施術を受ける前に、被告の問診

      に対して、前日から肩こりがきつく背筋が痛むが他に痛いところはない旨述

      べたが、原告の痛みの部位、内容等に関する被告の問診は約2、3分間で

      終わった。被告は、原告に対して、原告の背筋の痛みについて背骨と首の骨

      が曲がっているから痛みが出ると説明したが、カイロプラクティック療法によ

      る施術の内容についての説明はせず、原告も右施術を求めたり、或いはそ

      の承諾をすることはなかった。

       しかし、被告は原告に対してカイ ロプラクテ

      ック療法による施術を含む治療をすることを決め、他方、原告も被告が行う

      治療を受けることを承諾し、遅くともこの時点で、原告と被告間に、被告は原

      告の症状の原因を解明して適切な治療処置を行う旨の診療契約が締結され

      た。被告は原告に対し、後記施術前ないし施術中に「病院での検査で数か月

      かけても原因が判らず、当院に来た病人をその場で骨のずれからの病状と

      診断し、その後病院でも骨の異常が判り、病院の医者がびっくりしてい

      た。」、「何軒もの病院を廻っても治らなかった人を当院で治した。」、「リウマ

      チで歩行困難だった大病院の外科部長も治した。」等と被告の実績を話した

      が、病院で検査を受けたか否かを尋ねたり、必ず病院で検査を受けるように

      勧めたことはなかった。

       右認定に対して、≪証拠略≫中には、原告が被告に対して、被告の右施術

      の半年程前に転倒して、腰、両大腿部及び右腕がしびれており、一週間前か

      ら頸部と背筋部に激痛がある旨述べ、また、施術中に、原告が4年前にトラッ

      クに右膝関節部を轢かれた旨述べたという供述ないし記載部分が見られる

      が、これらの供述ないし記載部分は、≪証拠略≫に照らしてにわかに措信で

      きない。また、≪証拠略≫中には、被告は原告に対し、被告の実績等を前記

      認定のように話したことはなく、却って、病院の検査を勧めたという供述部分

      も見られるが、これも≪証拠略≫に照らしにわかに措信できない。

     3 被告の原告に対する施術の態様について判断する。

       前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を総合すると、次の事実が認められ

      る。 

       被告は、右2認定の間診をした後、原告をベッドにうつ伏せに寝かせて、原

      告の背部及び腰部に約10分間電気により低周波振動を加え、その後、原告

      をカイロベッドにうつ伏せに寝かせた。右カイロベッドは、頭部、胸部及び下

      肢部がそれぞれ分離して別個に可動する構造のカイロプラクティック施術用

      特殊ベッドであり、頸部の付近は空間となっている。そして、被告は、カイロプ

      ラクティック療法による施術として、うつ伏せの原告の胸椎(頚椎に隣接する

      第一胸椎を含む)に対して背部から両手指で指圧を加えた。そして、指圧を

      加えられている部分が時々ボキボキというような音をたて、また原告は、第

      一胸椎の辺りを指圧されたときに肩から足先にかけて電気が走ったような衝

      撃的な感覚を覚えた。更に、被告は、原告をベッドの端に座らせて、原告の     

      頚椎を矯正するため、頭部を前後左右に曲げたり回旋させたりした。このとき

      も頚椎がボキボキというような音をたてた。右胸椎及び頸椎に対するカイロ

      プラクティック療法による施術は約20分間なされた。被告が原告に加えた右

      力の程度は、軽いマッサージないし牽引の程度ではなく、胸稚ないし頚椎が

      ボキボキというような音をたてる程度の相当大きいものであった。原告は右

      施術中、被告からボキボキというような音は骨のずれが治っている音である

      と説明を受け、更に被告の施術はこのような音が出るまで指圧をかける必要

      があるものと思っていたので、痛みに耐え特に被告に痛みを訴えることもな

      く、また、被告も原告が痛みを感じるか否かを尋ねることはなかった。

       右認定に対して、≪証拠略≫中には、被告がカイロベッドにうつ伏せの原

      告の頚椎に指圧を加えた旨の供述ないし記載部分がみられるが、右供述な

      いし記載部分は、カイロベッドの構造についての前記認定事実(弁論の全趣

      旨によると、これについて原告は争っていない。)及び≪証拠略≫に照らし、

      必ずしも正確なものとはいえず、右認定のように被告が原告の第一胸椎を指

      圧した趣旨の供述ないし記載と解される。

       また、右認定に対して、≪証拠略≫中には、原告の背筋部の痛みの程度

      が大きかったため、被告は原告の胸椎や頚椎に対して軽いマッサージ程度

      の力しか加えておらず、ボキボキというような音を鳴らすこともなければ、こ

      の音を骨のずれが治った音である旨説明したこともない旨の供述部分がみ

      られる。しかし、右供述部分は、原告がカイロプラクティック療法による施術を

      受けたのは被告の右施術が初めて(前記2認定事実)であり、原告が本人尋

      問(第一回)において被告の施術内容につて現実の衝撃的かつ印象的な体

      験を自然に供述したものと認められること、他方≪証拠略≫により前記認定

      の被告の施術内容はカイロプラクティック療法による一般的な施術内容を

      すものであると認められることなどに照らしにわかに措信できない。

     4 被告の原告に対する右3認定の施術の後の原告の症状について判断する

       る。 

       前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を総合すると次の事実が認められ、こ

      れに反する証拠はない。

       原告は、右施術が終了した後ベッドから降りたところ、両下肢とも麻痺状態

      で歩行困難となった。原告は、その後、被告のバイプレーターによる下肢の

      マッサージを受けたが容易に回復せず、被告の治療院の待合室で約2時間

      安静をとったが一人では帰宅できないので、原告の家族に迎えに来てもらっ

      て帰宅した。原告は、その翌日である同月18日から豊中市民病院に通院し

      て治療を受けたが、初診時に両下肢不全麻痺による歩行困難と診断され、

      更に エックス線、ミエログラフイー等の検査により、これらの症状は頚椎症

      性頸髄症によるものと診断された(なお、原告が頸椎症性頸髄症と診断され

      た事実は当事者間に争いがない。)。また、原告は、同月27日から30日ま

      での間及び同年3月3日から4月26日までの間、同病院で入院して治療を

      受けたが、この間3月5日に第6頸椎の亜全摘とその上下の椎間板の切除、

      第5、第7頚椎の一部切除、第5、第6頸椎間の椎間板の膨隆切除、第6、第

      7頚椎間の椎間板のヘルニア全切除、及び右両椎間前方固定の手術を受 

      けた。これらの治療及び手術の結果、原告は両下肢の麻痺がやや改善しあ

      る程度の歩行は可能となったが、同年7月症状固定の診断を受け、両下肢

      の痙性麻痺による歩行障害及びTH6以下の知覚障害等により、身体障害

      者福祉法施行規則別表第5号の3級所定の後遺症を残した。

    三 因果関係について

     1 被告のカイロプラクティック療法による前記二3認定の施術(以下「本件施

      術」という。)と原告の前記二4認定の症状及び後遺症との間の因果関係の

      有無について判断する。

     (一) 原告の本件施術前の頚椎症性頸髄症について

         原告が本件施術前から頚椎症性頸髄症に罹患していた事実に ついて

        は当事者間に争いがない。≪証拠略≫を総合すると、頚椎症性頸髄症

        は、加齢的要因が影響し、頚椎の退行性変性によって、頚椎に骨棘が形

        成され又は頸椎間に椎間板が後方に突出して頸髄或いは神経根を圧迫

        して、上肢又は下肢のしびれ、知覚障害又は筋萎縮等の神経症状を発

        生させるというものである。

         そこで、原告の右頚椎症性頸髄症の内容・程度及び原告の自覚症状に

        ついて判断する。

         前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を総合すると次の事実を認めるこ

        とができる。≪証拠判断略≫

         原告は、昭和60年7月ころから両下肢に時々温度感覚の違いを覚えて

        いたが、昭和61年1月15日ころから肩及び背筋に痛みは激しくなった。

        しかし、原告は、本件施術日である同月17日には通常どおり朝から自動

        車を運転して前記会社に出勤して就業することもでき、また、歩行に特に

        支障困難を感じることもなかった。

         ところで、原告は、本件施術前から、次のような内容・程度の頚椎症性

        頚髄症に罹患していた。即ち、第5、第6頸椎間の椎間板は後方に突出

        し、第6、第7頚椎間の椎間板は後方に脱出して一部後縦靱帯を破って

        いた。この後縦靱帯は軽度の石灰化をきたしており、右椎間板の突出な

        いし脱出は本件施術のかなり前から発症していた。右変形の程度は中等

        度以上であり、47歳の原告としては強度のものである。そして、このよう

        な椎間板の変形により頸髄の神経が慢性的に圧迫されていた。したがっ

        て、原告の前記自覚症状は、このような頸椎症性頚髄症によるものであ

        る。

     (二) 被告の本件施術と原告の本件施術後の症状及び後遺症との因果関係

        について

         ≪証拠略≫によると、一般的に、元来頚椎椎間板の変形ないし頸椎後

        縦靱帯の石灰化部分に急激な外力が加わったときに、急激に頚髄の循

        環障害が進行して上肢又は下肢の痙性麻痺等の神経症状を発生させる

        ことがあり得ることが認められる。

         そして、以上の認定事項によれば、原告は、被告の本件施術を受ける

        前から右(一)のような頸椎症性頸髄症による自覚症状を覚えており、特

        に本件施術の前日から肩及び背部の痛みを感じるようになったものの、

        特に日常の仕事や自動車の運転は通常通りに行うことができ、歩行困難

        等の状態にもなかったところ、被告の本件施術の直後に前記二4認定の

        ように両下肢不全麻痺をきたして歩行困難となったものであり、被告の本

        件施術は前記二3認定のように胸稚ないし頚椎がボキボキというような音

        をたてる程度の相当大きな力を加えてなされ、原告は第一胸椎の辺りを

        指圧されたときに肩から足先にかけて電撃的なショックを受けたのである

        から、原告の頚椎症性頸髄症が単なる自然経過又は原告の動作ではな

        く、被告の本件施術によって以後急性増悪をきたしたものと認めることが

        でき、前記因果関係を肯定することができる。≪証拠略≫によっても、原

        告の前記二4認定の障害及び後遺症は、原告が本件施術前から有して

        いた右(一)の頚椎の椎間板の変形の上に外力が加わったことにより頚

        髄の循環障害が生じ、原告の前記二4認定の障害及び後遺症が発生し

        たという機序が十分肯定できる。

         してみると、前記認定事実のもとでは、他に特段の事情が認められない

        本件においては、原告の右障害の原因は被告の本件施術であることを認

        めざるをえず、しかも、被告の本件施術と原告の右障害及び後遺症との

        間には経験則上高度の蓋然性が肯認できるのでその間には相当因果関

        係が十分肯定できるものといわなければならない。

         なお、被告は、本件施術前から原告には重篤な頚椎症性頸髄症がみら

        れ、その自然経過または通常起こり得ないような軽度の外力によっても

        循環障害等が発生し症状が進行する可能性があったのであるから、本件

        施術と原告の右障害及び後遺症との間には相当因果関係は存しないと

        主張するが、仮に右可能性が存したとしても、本件における右認定事実

        のもとでは、因果関係についての右認定判断を左右するものではなく、右

        主張は採用の限りでない。

     2 原告の障害及び後遺症に対する被告の本件施術の寄与度について判断する。

       ところで、前記認定説示のとおり、原告が本件施術前から罹患していた頸

      椎症性頸髄症という基礎疾患に本件施術が加わって原告の右障害及び後

      遺症が発生したのであるから、原告の右身体的要因が右障害及び後遺症発

      生に寄与していることは明らかであり、かつ後記のとおり、このような身体的

      素因を有する者は日常生活上受ける外力でも循環障害の発症増悪の可能

      性が相当程度存することに鑑みると、原告の右障害及び後遺症の原因を総

      て被告の本件施術によるものとして、ここから生じた損害の全額を被告に負

      担させることは公平の見地からも相当でない。このような場合は、原告の右

      障害及び後遺症に対して被告の本件施術が寄与した割合を認定して、その

      寄与度に応じて被告が損害賠償義務を負うものと解することが相当である。 

       そこで、本件における右寄与度について判断するに、前記認定事実に加え

      て、≪証拠略≫を総合すると、原告の本件施術前の頸椎症性頸髄症は、前

      記1(一)認定のように頚椎の変形の程度は中等度以上(47歳の原告として

      は強度のもの)で、特に第6、第7頸椎間の椎間板は後方に脱出して一部後

      縦靱帯を破っているという状態であったこと、このような症状を有する者は加

      齢的要因に加えて日常生活上のさほど大きくない外力でも頚髄の循環障害

      が発症進行する可能性が相当程度あること、原告は昭和60年7月ころから

      両下肢に時々温度感覚差を自覚していたものの他に見るべき自覚症状はな

      かったが、本件施術の前日から肩及び背筋の痛みを特に自覚したこと、他 

      方、原告の自覚症状によっても本件施術前は日常生活の全般にわたって、

      とりわけ仕事、歩行に特に支障をきたすことはなかったこと、原告罹患程度

      の頚推症性頚髄症でも自然的経過によっては当初の症状のまま推移固定

      する可能性もあることがそれぞれ認められ、これらの事実その他本件に現わ

      れた一切の事情を総合すると、被告の本件施術が原告の障害及び後遺症

      の発症に寄与した割合は50パーセントと解するのが相当である。

   四 請求原因4(被告の責任原因)について

    1 前記二2認定のとおり、本件施術に先立ち、原告と被告間には、被告は最善

     の注意義務を尽くして原告の症状の原因を解明して適切な治療処置をとる旨

     の診療契約が締結された。

    2 被告の義務違反の有無及び内容について判断する。

      ところで、≪証拠略≫によると次の事実が認められる。即ち、カイ ロプラクテ

     ィック療法がわが国において普及して来たのは比較的最近のことであり、近

     年、カイロプラクティック学会が結成され。その学術的研究がなされつつあると

     ころである。

      しかし、カイロプラクティック療法の結果、かえって頸部痛や腰痛を生じたり、

     それが増悪した症例もしばしばみられ、そのために、右療法は鍼・灸師の資格

     をもつ者によってなされることが多いが、未だ医学上公認されるまでに至って

     いないというのが現状である。

      右状況下で、カイロプラクティツク療法を行う場合には、これが、かえって頸

     部痛、腰痛等を生ぜしめる危険性が大きく、相当に熟練を要する施術であるこ

     とに鑑みて、診療契約上も最善の注意義務を尽くして、患者の訴える症状とそ

     の原因を慎重かつ的確に診断したうえ、症状に対する適切な治療処置を選択

     し、かつ同施術の実施においても患者の同意を得てその理解と協力の下に急

     激、過大な衝撃により患者の頚椎や腰椎に損傷を与えないように、圧迫の強

     さや患者の体勢に十分注意して安全かつ慎重に施す注意義務があるものと 

     いわざるをえない。これを本件について検討するに、まず、被告が本件施術前

     に原告の症状をどのように診断したかについて判断する。

     ≪証拠略≫によると、被告は昭和49年以来カイロプラクティック療法の施術を

     修得し、本件施術までに相当数の臨床例を事故もなく経験して来たことが認め

     られるが、原告の本件症状の診断に際しては、本件施術前、手のしびれは頚

     肩腕症候群であり、頚椎と腰椎の異常があるため腰痛と背筋部痛が発生して

     いると診断した旨供述し、≪証拠略≫には、原告が転倒した時の頸部捻挫に

     より腰部打撲による神経異常が生じている旨の記載がなされている。また、前

     記二2認定のように、被告は原告に対し簡単な問診を行っただけで原告の主

     訴する患部に対する触診や視診も行わずに背骨と首の骨が曲がっているから

     痛みが出ると説明した事実が認められる。≪証拠略≫中には前記二2認定の

     ように推信できない事実を含むので、前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を

     総合すると、被告の右診断は、原告の肩及び背筋の痛みが頚椎、胸椎ないし

     腰椎の変形、それによる不整合等の異常に起因する神経異常によって生じて

     いるという程度・内容のものであったことが認められ、それ以上に原告の症状

     の原因を解明したことを認めるに足りる証拠もみられない。

      また、前記二2認定のように、被告は原告に対し約2、3分間の簡単な問診を

     しただけで、原告に対してカイロプラクティック療法による施術の内容について

     説明をせず、また、原告も右施術を求めたり、その承諾をすることもなかった

     が、被告は直ちに原告の右患部に対し本件施術を行うこととした。更に、被告

     の原告に対する施術内容については前記二3認定のとおりであるが、右認定

     のように、本件施術中に原告の胸椎ないし頚椎がボキボキという音をたてたと

     き、被告はこれを骨のずれが治った音である旨説明し、原告もまた、このような

     音をたてるまで被告が指圧等の施術を続けるものと思って耐えたのであるか

     ら、これらの事実からも、被告は骨がボキボキという音をたてることを施術効果

     の指標の一つとしていた事実を推認できる。そして、被告は、本件施術中、原

     告に施術の反応、とりわけ痛みの有無・程度を問診することもしなかった。

      ところで、≪証拠略≫によると、原告が本件施術前に有していた頚椎の変形

     は、原告の年齢の者としては強度のものであるが、肩、首ないし背中の痛みと

     いった程度の問診結果によっては、その変形の部位・程度を正確に認識する

     ことは困難であったこと、及び、原告のような頚椎の変形を有する者に対して

     は、症状を悪化させないように、まず、間欠的な牽引と投薬、生活指導などの

     保存的療法によって改善をはかるべきであって、頸椎部に対する強度の加圧

     処置は危険であるから避けるべきであったことが認められる。また、本件にお

     いても、前記のようにカイロプラクティック療法による施術は、頸部痛や腰部痛

     を発生又は増大させたり、下肢に麻痺を発生させたりする危険性を有するた

     め、右施術に当たっては、特に、適応に対する厳格な判断と適確な手技が必

     要であった。

      そうすると、原告は肩及び背筋の痛みを訴えて被告の治療処置を求めたの

     であり、他方、被告は鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業と

     し、骨、筋肉ないし神経系に何らかの障害を有する者を対象に治療院を開設

     し、本件施術に際し予め原告とは最善の注意義務を尽くして適切な治療処置

     を行う旨の診療契約を締結しているのであるから、症状の原因解明と施術の

     適応についての判断は最善の注意義務を尽くして慎重かつ的確になすべきと

     ころ、その症状の診断に当たっては、原告のような訴えをする者については、

     頚椎、胸椎ないし腰椎の異常、強度の頚椎の変形を有することがありうること

     は容易に認識しうるところであり、また、右異常・変形の程度は主訴と問診によ

     ってもある程度把握が可能であるから、まず、自覚症状の発生時期、状態及

     び程度などについて十分に問診し、適宜触診等も加えて、症状の原因を慎重

     かつ的確に判断し、更に適切な治療処置を行うための施術方法の選択も最善

     の注意義務を尽くして慎重かつ適切にすべきものといわなければならない。 

      なお、被告はエックス線検査、CT検査、ミエログラフイー検査等をする資格を

     有しない(この事実については当事者間に争いがない)ので、自らこれらの検

     査をすることができないのであるから、慎重な問診、触診等によっても症状の

     原因が解明できないときは、病院での右諸検査による診察と治療を受けるよう

     に勧めるべきであるが、その必要の無い場合にも可能な限りの慎重な検診に

     より検査をしたうえで適切な施術の選択をすべきであった。

      更に、被告が問診及び触診等のみで患者の症状を認識判断しえたとしても、

     それは前記エックス線検査等の諸科学的検査によるものではないので、自ず

     から一定の限界の存することは否定できず、したがって施術の方法・態様とし

     ても、急激、過大な衝撃を避け、触診的な軽度のマッサージ、間欠的な牽引等

     軽度の施術により患者の反応を見ながら症状診断と施術の選択に誤りのない

     ことを検証しつつ徐々に適切な施術をなすべきであった。

      ところが、被告は、前記認定のように、原告に対する簡単な問診によって肩と

     背筋の痛みがあることを聞いたのみで、他に問診・触診・視診等による慎重な

     検診を行うこともなく、原告の右痛みは単に頚椎、胸椎又は腰椎の異常による

     症状と速断して、約10分間原告の背部及び腰部に電気による低周波振動を

     加えた後、原告の腰椎及び頸椎に対しいきなりボキボキと音をたてるような相

     当な力で指圧 をしたり回旋させ、しかも右施術による原告の反応を全く聞か

     ずに 右の音は施術の効果の指標として行ったのであるから、被告は右のよう

     な慎重かつ的確な症状診断と慎重かつ適切な施術を行うべき注意義務を怠っ

     たものといわざるとえない。

      また、前記のように、カイロプラクティック療法はある程度の危険性を有する

     ものであるから、その施術に際しては、その効果だけでなく、施術内容及び危

     険性を十分に説明したうえで、患者にカイロプラクティック療法による施術を受

     けるかどうかの選択をする機会を与え、患者の理解と協力の下に徐々に患者

     の反応を見ながら安全に行うべきところ、被告は前記認定のようにこの注意義

     務を怠り、特に施術内容及び危険性を認識していない原告に対して、右説明

     をせず、またその同意をえなかったのみならず、その施術中も、原告に危険な

     施術をむしろカイロプラクティック療法の効能といった誤った説明をして原告に

     その施術を受忍させるなどして、原告の前記障害と後遺症を発生拡大させた

     ものといわざるをえない。

    3 以上のように、被告は原告との診療契約上の注意義務に違反して、原告に

     前記障害及び後遺症を与えたものといわなければならないから、債務不履行

     に基づく損害賠償義務として、右障害及び後遺症によって原告に発生した損

     害を賠償する義務を負う。

   五 請求原因5(損害)について

     前記認定のとおり、原告は被告の本件施術により前記障害を受け後遺症を残

    した。

     これによる原告の損害について判断する。

    1 入院通院関係費用

      前記二4認定のように、原告は右障害の治療のため豊中市民病院に昭和6

     1年1月27日から同月30日まで及び同年3月3日から同年4月26日まで合

     計59日間入院した。また、≪証拠略≫を総合すると、原告は、同年1月及び

     同年5月から昭和62年11月まで同病院に通院し、また、昭和61年7月1日

     から同年9月30日まで重成鍼灸療院に通院してそれぞれ治療を受けた事実

     が認められる。

    (一) 治療費(請求原因5(一)(1))

        ≪証拠略≫を総合すると、原告は豊中市民病院における右入院及び通

       院治療について、同病院に対して文書料を含む治療費として金16万730

       0円を支払った事実が認められる。

        また、≪証拠略≫を総合すると、原告は重成鍼灸療院における通院治療

       について同療院に対して治療費として金11万8000円を支払った事実が

       認められる。

    (二) 入院雑費(請求原因5(一)(3))

        右認定のように、原告は豊中市民病院に合計59日間入院したところ、こ

       の間の入院雑費について一日当たり金1000円は必要として、合計金5万

       9000円を雑費支払による損害と認めるのが相当である。

    (三) 原告主張に係る装具代(請求原因5(一)(2))及び右(一)認定の治療費

       に含まれるものを除く文書料(同(4))については、これを原告が支出したと

       認めるに足りる証拠はない。

    2 逸失利益

      前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を総合すると、原告は、本件施術当時、

     前記一の有限会社イワオ産業から給与として月額金70万円の収入を得てい

     た事実が認められ、これに反する証拠はない。

    (一) 休業損害(請求原因5(二)(1))

        前記認定事実に加えて、≪証拠略≫を総合すると、原告は本件施術後、

       症状固定の診断を受けた昭和61年7月までの6か月間、前記障害により

       就業することができず、収入を全く得られなかった事実が認められ、原告の

       月収は右のように金70万円であるので、この間の休業損害は金420万円

       であると認められる。他方、原告は右休業期間中に社会保険から休業損害

       填補分として金243万1380円を受給したことを自認しているので、結局原

       告の休業損害は右金420万円から金243万1380円を控除した金176

       万8620円と認めるのが相当である。

    (二) 将来の逸失利益(請求原因5(二)(2))

        まず、原告の労働能力喪失率について判断する。前記認定のように、原

       告は昭和61年7月症状固定の診断を受け、両下肢の痙性麻痺による歩行

       障害及びTH6以下の知覚障害等により、身体障害者福祉法施行規則表

       第5号の3級所定の後遺症を残した。そして、同後遺症による労働能力喪

       失率は一応67パーセントとされている。

        ところで、所得減少の観点からみた労働能力喪失率は、原告の職業、地

       位、年令、その後の収入等の具体的事情により差異を生じるので、右喪失

       率を一応の基準としながらも更に検討するに、前記関係各証拠に加えて、

       ≪証拠略≫を総合すると次の事実が認められる。即ち、

        原告は本件施術前から前記有限会社イワオ産業(同族会社で原告の

       父、原告夫婦、従業員2名で構成)の経営者として、原告が中心となって各

       種焼却炉の製造販売、使用現場に出向いて機械据付工事、営業全般等に

       従事して来たが、原告が罹患していた頸椎症性頚髄症は原告の右仕事の

       従事に特に支障困難を来たす程度のものではなかった。そして、原告は同

       会社から役員報酬も含めて月金70万円の収入を得ていた。

        ところが、本件施術による前記障害と後遺症のために、原告は昭和61年

       1月17日から同年7月までは休業せざるをえなかった。そして、原告は昭

       和62年8月17日現在でも歩行障害や手指の細かい作業の困難等の後遺

       症があった。しかし、原告は昭和61年8月以降は妻の運転する乗用自動

       車で通勤して従前の仕事に従事しているが、前記歩行障害と知覚障害の

       後遺症のために、従前の仕事内容も大幅に制限され、とりわけ手指を細か

       く使う図面作成、歩行を伴う現地に出向いたり出張すること、長時間にわた

       って自動車に同乗すること、力仕事を内容とする作業等は困難又は著しく

       制限される状態にあった。しかし、その後右後遺症は多少回復の跡がみら

       れ、現在では原告は自宅から前記イワオ産業に身体障害者用に改善され

       ていないマニュアルミッションの普通乗用自動車を運転して通勤しており、

       また、原告は歩行用に杖を使用しているが、杖を使用しなければ全く歩行

       できないという状態ではなく、短距離であれば歩行可能な状態にあり、右状

       況よりみて将来なおある程度治癒改善される可能性があり、それに伴って

       原告の喪失した労働能力もある程度回復する可能性もあるといえる。

        なお、原告の昭和62年8月から昭和63年9月までの14か月の収入は

       約金460万円(預り金を含む。)であった。

        以上によると、原告の症状が固定した昭和61年7月現在では、原告は身

       体障害者福祉法施行規則別表5号の3級所定の後遺症を残していたので

       あるから、その労働能力喪失率は67パーセントとなるが、昭和62年8月か

       ら昭和63年9月までの14か月においては、原告は約金460万円の収入

       を得ていたのであるから、右期間の原告の労働能力喪失率はむしろ右期

       間中の得べかりし収入金980万円中金520万円を喪失したものとして約5

       3パーセントと認定するのが相当である。また、原告の労働能力喪失率は 

       招待なおある程度回復の可能性も見込まれる。そうすると、原告の将来の

       後記就労可能な全期間を平均した労働能力喪失率は、原告の本件施術に

       よる障害と後遺症の程度内容、その回復可能性の程度状況、原告の職

       業、地位、年令、収入等本件に現われた一切の事情を総合考慮して、50

       パーセントとするのが相当である。

        してみると、原告の将来の逸失利益は、前記認定のように原告は症状固

       定時に満48歳(月数は切捨)であったので、以後就労可能な満67歳まで

       の19年間の逸失利益として、本件施術当時の年収金840万円に右労働

       能力喪失率50パーセントと右19年間の新ホフマン係数13.116をそれぞ

       れ乗じた金5508万円(万円未満は切捨)となる。

    3 慰籍料

    (一) 入院通院についての慰籍料(請求原因5(三)(1))

        前記認定のように、原告は、症状固定までに豊中市民病院に59日間入

       院し、右入院期間を除いて豊中市民病院に約2か月間通院したところ、原

       告の右障害の程度をも併せ考慮すると、原告の入院通院についての慰籍

       料は金100万円をもって相当と認められる。

    (二) 後遺症についての慰籍料(請求原因5(三)(2)) 

        前記認定の諸事実その他本件に現われた一切の事情を掛酌すると、原

       告の後遺症についての慰籍料は金7007万円をもって相当と認められる。 

    4 被告の本件施術による損害額及び弁護士費用

      原告の以上の損害額は、合計金6519万2920円であると認められるとこ

     ろ、前記三2のように、被告の本件施術が原告の障害及び後遺症に寄与した

     割合は50パーセントと認められるのであるから、被告の本件施術によって生

     じた原告の損害は、右損害の50パーセントである金3259万6460円に相当

     の弁護士費用を加えたものというべきであり、右弁護士費用は金325万円を

     もって相当と認めるべきであるから、結局被告の本件施術によって生じた原告

     の損害は合計金3584万6460円であると認められる。

   六 結論

     以上のとおり、原告は被告に対して、診療契約上の債務不履行による損害賠

    償請求権として金3584万6460円を請求しうるところ、原告が被告に右損害賠

    償請求権の履行を本訴提起までに催告した事実については、これを認めるに足

    りる証拠がないから、結局原告は右請求権についての遅延損害金を本件訴状

    送達の日の翌日である昭和62年2月17日以降に限り請求することができると

    いうべきである。

     したがって、原告の本件請求は、被告に対して、債務不履行による損害賠償

    請求権に基づき金3584万6460円及びこれに対する昭和62年2月17日から

    支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め

    る限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを

    棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法89条、92条を、仮執行の

    宣言について民訴法196条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

    (裁判長裁判官 小林一好、裁判官 田中澄夫 光本正俊)

 患者の脊髄神経が損傷された事故について整体治療士が患者に対して問診・検査

 を尽くした上で整体治療の可否を判断すべき注意義務に違反して治療を実施した過

 失が認められた事例

 〔東京地裁昭63(ワ)第13249号、損害賠償請求事件、平3.1.29民事第26部判決、一部認容・確定〕

【参照条文】 民法709条

 

≪解 説≫

 X (昭23.11.7生まれ、女性)は、変形性脊椎症で、かつ第3・第4腰椎間に椎間板ヘルニア症状があり、第3腰椎右下端部に軟骨が飛び出している状態であったため、腰痛に悩まされていたが、整体治療をしているYの施療を受けることにした。Yの施療後Xは腰部激痛のため他の病院に入院したが、第3腰椎右下端部に飛び出していた軟骨が脊髄部分に当たり脊髄神経(馬尾神経)を傷つけており(本件傷害)、この軟骨を取り除く手術をしたものの、馬尾神経不全麻痺による後遺障害が残存した。そこで、XがYに対して、本件傷害はYの施療の不手際によるものであるとして、不法行為に基づき4200万円余の損害賠償請求をしたものである。Yは医師ではないが、その性質上一種の医療過誤訴訟といってよいであろう。

 本判決は、Yの過失を肯定して、Xの請求を認容(一部、3900万円余)した。すなわち、本判決は、@事実上の争点である「YがXの頭を押さえ前屈させたか」について、Xの施療室に入室した前と後との症状を対比検討した上Xの状態からするとYの行為により本件傷害を生ずることが考えられることからこれを認め、A整体施療は人体に重大な影響を与えるもので、危険性も伴うから、本件事実関係の下では、Yには、Xに対して問診・レントゲン撮影等の諸検査を尽くし、適切な経過観察をした上で整体治療を行うべきかどうか判断すべき業務上の注意義務があったが、これを怠り、前記のような行為をした過失があると判示したのである。

 本判決は、患者の脊髄神経が損傷された事故について整体治療士が患者に対して問診・検査を尽くした上で整体治療の可否を判断すべき注意義務に違反して整体治療を実施した過失が認められた事例である。整体施療(カイロプラクティック療法)に関わる事故に関する損害賠償請求ケースの先例としては、いずれも責任を肯定したものであるが、神戸地判昭58.12.20本誌526号233頁(ただし、整体治療士でなく医師が施療。

高仲東麿・医療過誤判例百選104頁)、大阪地判平1.7.10本誌725号199頁(整体治療士が施療)などがみられる。本件も、これらに続くものであり、事例判例として実務上参考になるケースといえよう。

 

原           告  小林みつ姜

右訴訟代理人弁護士  伊藤 清人

右          同  伊藤 哲

             告  吉原 達夫

右訴訟代理人弁護士  西山 明行

 

主 文

 一 被告は原告に対し、金3902万3989円及びこれに対する昭和62年2月1日 

  から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 二 原告のその余の請求を棄却する。

 三 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とす

  る。

 四 この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

 第一 請求

     被告は、原告に対し、4222万7925円とこれに対する昭和62年2月1日以

    降支払済みまでの年5分の割合による金員を支払え。

 第二 事案の概要

     本件は、腰痛を訴えた原告が、被告の整体施療を受けたところ、脊髄不全損

    傷(馬尾神経麻痺)の障害を負ったとして、民法709条に基づいて、損害賠償を

    請求する事案である。

   一 争いのない事実等

    1 原告は、昭和60年2月ころから腰痛を訴え、同年5月13日から同月23日ま

     で、東京都葛飾区堀切4丁目12番10号林整形外科に通院していた。同病院

     の診断では、変形性脊椎症(右根性性座骨神経痛)で、第3、第4腰椎間に椎

     間板ヘルニア症状が認められ、第3腰椎右下端部に軟骨が飛び出している状

     態にあったところ、知人から被告の整体施療が腰痛に効くと勧められて、同月

     27日、被告方施療院(以下「施療院」という。)を訪れた(<証拠>)。

    2 原告は、施療院の整体施療室に入り、施療台の上に乗ったが、被告は、施

     療の準備のため、仰向けに寝た原告の足を、膝の上下2か所でバンドで固定

     し、さらに足の裏に加振機(足の裏に板を当て、爪先を体の方に傾ける装置)

     をかけたうえ、原告に対し、頭を起こして前屈をしてみるよう指示した(争いが

     ない)。

    3 原告は、施療院を出るときには、腰部の激痛のため、直立歩行ができず、さ

     らに帰宅後は、腰部の痛みに加えて、排便排尿ができなくなった。そこで、同

     月29日被告に連絡し、被告の手配した苑田第一病院の救急車で同病院に入

     院した。同病院に同年6月21日まで入院したが、経過が思わしくないため、同

     日日本大学医学部付属板橋病院に転院した。同月22日、同病院で診察を受

     けた結果、第3腰椎の下から突出していた軟骨が、脊髄部分に当たり、脊髄神

     経(馬尾神経)を傷つけていたこと(以下「本件傷害」という。)が分かり、神経を

     損傷した軟骨を取り除く手術を受けた。

    4 原告の症状は、昭和62年1月31日に固定し、馬尾神経不全麻痺により、左

     右の足の関節が不安定になっていて、特に左右は、歩行のために短下肢装具

     を必要とする。知覚は、両下肢外側から足先まで鈍麻ないし脱失に近い状態

     である。また神経因性膀胱で膀胱機能の低下がある。性機能も低下している

     (以上をまとめて以下「本件後遺障害」という。左足下肢の麻痺については争

     いがなく、その他の事実は<証拠>によって認める。)。

   二 原告の主張

    1 本件傷害は、被告が事前の問診等により原告の病状を十分確認しないま

     ま、原告の両足をバンドで固定したのち、被告の手で原告の後頭部を押さえ、

     原告の身体を無理に前屈させる動作を数回繰り返すという被告の重大な過失

     に起因するものである。

    2 損害額

(一) 逸失利益 2624万0925円

        原告は、本件後遺障害の症状固定時(昭和62年1月31日)満39才(昭

       和23年11月7日生)の女子であり、本件傷害を受けなければ、その後67

       才まで(29年間)稼働可能であり、その間昭和58年賃金センサス第1巻第

       1表の産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均賃金年額

       211万0200円を下らない年収を得ることができたはずである。原告の本

       件後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令2条別表後遺障害別等級

       表の第5級2号「神経系統の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以 

       外の労務に服することができないもの」に該当するものであり、労働能力喪

       失率は79パーセントである。右期間に対応するライプニッツ係数は15.1

       41であるから、逸失利益は、左記計算式のとおりである。

       2110200×0.79×15.141=2524万0925円(円未満切捨て)

(二) 休業損害 351万7000円

       期間 昭和60年6月1日から昭和62年1月31日まで20か月間

       収入 昭和58年賃金センサスの右平均賃金211万0200円で計算すると

       休業損害は、左記のとおりである。

       2110200×20/12=351万7000円

(三) 入通院慰謝料 金247万円

        原告の本件施療後の入通院状況は、以下のとおりである。

        昭和60年

        (1) 5月30日〜6月21日 苑田第一病院入院

        (2) 6月21日〜10月16日 日本大学医学部付属板橋病院入院

        (3) 10月16日〜12月24日日本大学稲取病院入院

        昭和61年

        (4) 2月13日〜3月16日 右同 

        (以上入院期間計243日)

        以降昭和62年1月31日の症状固定まで日本大学板橋病院等に計40日

       間通院した。

    (四) 後遺障害による慰謝料 金1100万円

        以上合計金4222万7925円

   三 被告の主張

    1 被告は、原告を施療台に乗せ、バンドと加振機をかけ、原告に対し自分で前

     屈するよう指示したところ、原告は自力で2ないし3回前屈運動をしたが、急に

     痛いと言って騒ぎ出したため、被告は、即座にそれ以上の施療行為を中止し

     た。したがって、被告は、原告に対し施療行為を行っていない(右前屈の指示

     は、施療の準備行為である)。

      のみならず、原告が施療院を訪れた際、原告は既に単独では歩くことができ

     ず右準備行為前の被告の問診に対しては、「2、3日前に急に動けなくなった。

     膝まで痺れがある。」と述べたものの、被告が繰り返し尋ねたにもかかわらず、

     林整形外科に通院し、治療を受けていることは言わなかった。

    2 原告は、施療院を訪れた際、既に腰痛のため就労不能な状態であったか

     ら、原告主張の逸失利益、休業損害、慰謝料等は認められない。

   四 争点

    1 被告の施療行為上の過失の有無。殊に、被告が原告の頭を押さえ、前屈さ

     せる行為を行ったかどうか。

    2 損害の有無と程度

 第三 争点に対する判断

   一 争点1について

    1 原告は、被告に頭を押さえつけられて数回前屈させられた旨供述するが、

     他方被告は、原告に自分で前屈するよう命じたが、被告自身は手を出してい

     ない旨供述している。

      まず施療院へ入る前の原告の症状は、以下のとおりであった。林整形外科

     における診察結果によれば、原告には第3、第4腰椎間に椎間板ヘルニア症

     状があり安静にしていても痛みがある状態であった(<証拠>)。そして通院

     治療を受けており、コルセットを作っていた。施療室に入る際も、痛みはあった

     が、自力で歩行していた(<証拠>)。

      (なお原告には、これ以前に第3腰椎の下に古い骨折痕があった旨の証拠

     (<証拠>)苑田医師からの事情聴取書)もあるが、直接原告の治療を担当し

     ていた林医師や他の医師は、そのような骨折痕を認めていない(<証拠>)う

     え、苑田医師自身、原告の問い合わせに対しては「骨折痕のような突起物」と

     か「突起状の異常」としかいっていないこと(<証拠>)に鑑みると、苑田医師

     は、飛び出していた軟骨を骨折痕と見間違えたものと推測される。

      また被告は、原告が施療院を訪れた際、既に単独では歩行できなかった旨

     主張し、被告本人もそれに沿う供述をしているが、他方では被告自身「(原告

     が施療室に入ってくるのを)よく見ていなかった。」と述べており、右供述部分

     は曖昧であり、原告本人の供述と対比して信用できない。)

      ところが、前記施療台から降りた直後の原告は、自力で立つことができず、

     治療室から待合室まで這って行かなければならなかったし、その当日から左

     右の足の運動機能と感覚が麻痺してしまい、帰宅直後から尿が出なくなり、安

     静にしていても腰部に激しい痛みがあった(<証拠>)。

      以上の事実によれば、原告の症状は、施療台に乗った前後で明らかに異な

     っている。そのうえ以前にはなかった両足の運動機能、感覚のマヒ、膀胱機能

     の低下など馬尾神経系の異常がその直後から表れている。そして、原告のよ

     うに腰椎から軟骨が飛び出していた場合、施療台の上で両足を固定して、爪

     先を体側に傾けた状態で、強い力で前屈すれば、脊髄(馬尾神経)を傷つける

     のは通常考えられることである。したがって、原告が自力で前屈を試みただけ

     であるという被告の前記供述は、信用することができず、やはり被告が原告の

     頭を数回押さえつけて前屈させたものと認めざるをえない。

    2 被告の過失

      被告は、医師ではないが、腰痛等の施療業務に従事している者である。被告

     の行っている整体施療は、「腱を伸ばす」ことを目的にしており、手や腕を使っ

     て患者の体(特に脊椎、首等)を強い力で、押したり、引っ張ったり、ひねったり

     するものである(<証拠>)。この業務は、医師の行う治療と同じように、人体

     に重大な影響を与えるものであり、必然的に危険性も伴う。それ故、本件の場

     合、被告は、原告に対する問診、触診を通じて、原告の腰痛が単純な腰痛で

     はないことが、高度な医学知識によらなくても、被告の経験上からも分かった

     (被告本人)というのであるから、なお一層問診やレントゲン撮影(施療院には

     設備がないが、苑田第一病院で、施療前にレントゲン撮影をしてもらうことがで

     きる(被告本人)。)等の諸検査を尽くし、適切な経過観察を行って、整体治療

     を行うべきかどうか判断すべき業務上の注意義務があったというべきである。

     ところが被告は、右注意義務を怠り、簡単な問診、触診を行っただけで、原告

     に対し前屈を命じ、自ら原告の頭を数回押さえつけて前屈させた過失があった

     というべきである。

      なお被告は、原告に対して、病院にかかったことがあるか等問診したところ、

     原告がないと答えた旨供述するが、仮にそうであったとしても、被告自身、原

     告の腰痛が相当長期間にわたり、しかも膝まで痺れがあるくらい進行している

     と思ったというのであるから、やはりなお一層の慎重な問診、検査をすべきだ

     ったと言わざるをえず、右の事実によって、被告の過失が否定ないし軽減され

     るものではないと解する。

   二 争点2について

    1 逸失利益

      原告は、本件後遺障害の症状固定時(昭和62年1月31日)満39才(昭和2

     3年11月7日生)の女子であり、夫と同居し、家事労働に従事していた(原告

     本人)。そして、現在の原告の前記症状は、自動車損害賠償保障法施行令2

     条後遺障害別等級表の第5級2号「神経系統の機能に著しい障害を残し、特

     に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当すると認められ

     る。労働能力喪失率は、労働能力喪失率表(労働省労働基準局長通牒昭3

     2.7.2基発第551号)を基準として、前記認定の原告の本件施療以前の状

     態(椎間板ヘルニア症状があり、安静状態でも痛みがあり、コルセットを作って

     いたこと)を考慮して、60パーセントを相当と認める。

      被告は、原告が本件施療前に就労不能の状態にあり、回復の見込みもなか

     ったから逸失利益、休業損害、慰謝料も認められない旨主張するが、原告は、

     椎間板ヘルニア症状があっても、林整形外科に自転車で通院し、牽引治療を

     受けていたにすぎず、また施療院では、自分で歩いて施療室に入っており、治

     療の継続により充分就労可能だったもので、逸失利益等がないとはいえない。 

     したがって、原告は本件後遺障害を負わなければ、その後67才まで(29年

     間)稼働可能であり、その間昭和62年賃金センサス第1巻第1表の産業計、

     企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均賃金年額以下の金額である

     253万7700円を下らない年収を得ることができ、右期間に対応するライプニ

     ッツ係数は15.141であるから、逸失利益は左記計算式のとおり2305万39

     89円となる。 253万7700×0.6×15.141=2305万3989円(円未満

     切捨て)

    2 休業損害

      期間 昭和60年6月1日から昭和624年1月31日まで20か月間

      収入 昭和60年賃金センサスによる産業計、企業規模計、学歴計、女子労

     働者の全年齢平均賃金は、230万8900円であるが、本件施療前の原告の

     椎間板ヘルニア症状、稼働状態等を考慮して金150万円を相当と認める。

      したがって、損害額は、左記計算式のとおり250万円となる。

      150万×20/12=250万円

    3 入通院慰謝料

      原告の本件施療後の入通院状況は、以下のとおり認められる(<証拠>)。 

      昭和60年

      5月30日〜6月21日 苑田第一病院入院(争いがない)

      6月21日〜10月16日 日本大学医学部付属板橋病院入院(争いがない) 

      10月16日〜12月24日 日本大学稲取病院入院

      昭和61年

      2月13日〜3月16日 右同じ

      (以上入院期間計243日)

    以降昭和62年1月31日の症状固定まで日本大学板橋病院等に計40日間通院 

    以上の事実によれば、金247万円を相当と認める。

   4 後遺障害による慰謝料

     諸般の事情を考慮して、金1100万円を相当と認める。

   5 以上合計3902万3989円を本件と相当因果関係ある損害と認める。

   (裁判長裁判官 大澤 巌、裁判官 土肥 章大、裁判官 齋藤 啓昭)

(資料:マッサージの正しい報道のためにより抜粋)

戻る