| 市原弁 |
訳 |
爺「こんちわー!」
婆「おー、爺か!上がって、お茶でん飲んでえっがんよー」
爺「いやっすぐけんよ!雨が降るがん知れねーからよー」
婆「にしが、来っがん思って、芋ふかしてあっだよ!遣ってっがいよ」
爺「じゃ!ちっと上がってっか」
婆「ところで、おめらが舎弟入院しただってでん」
爺「きやり遣っちただってよ」
婆「そらおいねーなぁ」
爺「だけんが、あんとんねーだよ!ちっと大げさなだけだよ!」
婆「そっかー!気を付けた方がえっど」 |
爺「こんにちは!」
婆「おー、爺か!上がって、お茶でも飲んで行きなさいよ」
爺「いやっ直ぐ帰る!雨が降るかも知れないから」
婆「貴方が、来るかと思って、芋ふかしておいたのよ!食べなさいよ」
爺「じゃチョットお邪魔するか」
婆「ところで、お宅の弟さん入院したんだって」
爺「ぎっくり腰遣っちゃったんだって」
婆「それはいけないな」
爺「だけど、大丈夫だよ!ちょっとと大げさなだけだよ!」
婆「そうか!気を付けた方が良いよ」 |
解説:
「がん」疑問の「かも」「か」と同じ意味「雨が降るがん」「来っがん」「降るかも」「来るかも」
「にし」は、よく時代劇で侍が言う「おぬし」江戸っ子は「ぬし」市原は「にし」袖ヶ浦は「にー」富津以南はなぜか「われ」と言う。
「遣ってっがいよ」の「がい」はチョット命令形。言葉に「がい」が付いたら、市原人は従う。爺は「じゃチョットお邪魔するか」と従った。
「が」「がー」は「家」のこと「おめらが」「おらが」「お宅の家」「うちの家」
「舎弟」「あねさん」弟姉をこう呼ぶ。けしてその筋の人が多い訳ではない。
「きやり」私の親は「ぎっくり腰」をこの様に言うこれは市原弁か??
「おいねー」は「責任を負う」の負うのナマリだと思う
「なんともない[Nantomo]」のN音を抜いて「あんとんねーanton」 「何[Nani]」のN音を抜いて「あに[ani]」と同じ |
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| 市原弁 |
訳 |
爺「おーいてぇ!」
婆「あにやってんだんよ?」
爺「今、めーでけぇっちってよ!おーいてぇ!」
婆「おーやだよぉー!」
爺「あんとんねーよ」
婆「ズボン切れてんでんよ。縫ってやっから脱げよ」
爺「脱ぐかい恥ずかしいでんよぉ」
婆「あんが恥ずかしもんだん。脱いでみっがいよ」
爺「まいちったなぁ」
婆「ほらへぇてみろ、いいでん」 |
爺「おー痛い!」
婆「なに遣ってるの?」
爺「今、前で転んじゃって!おー痛い!」
婆「やだねー!」
爺「何とも無いよ」
婆「ズボン切れてるよ。縫ってやるから脱いで」
爺「脱ぐの恥ずかしいじゃない」
婆「何が恥ずかしものだ。脱いでみなさいよ」
爺「参ったなぁ」
婆「ほら履いてみな、良いじゃない」 |
解説:
「なんともない[Nantomo]」のN音を抜いて「あんとんねー[anton]」 「何[Nani]」のN音を抜いて「あに[ani]」と同じ
「めーでけぇっちって」も「めー」は「前」のナマリ「けぇっちって」は「ひっくり返る」の「返る」のナマリ
「脱いでみっがいよ」の「がい」はチョット命令形。言葉に「がい」が付いたら、市原人は従う。爺は「参った」と言いながら従った。
「でん」は関西弁の「やん」横浜弁の「じゃん」と同じ。富津はなぜか「じん」 |