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allein in Deutchland

97年9月23日 6日目
ミュンヘン 十月祭と電車の話

鉄道発祥地の博物館・模型屋

今日は火曜日、「下宿」を早々に引き払って中央駅の近くにある鉄道博物館に行った。実はここニュルンベルグはドイツ鉄道の発祥の地である(1835年Nuernberg-Furth間の開業)。鉄道博物館の建物は比較的こじんまりしているが、館内に入ると意外と広い(これはドイツの建築物に共通して感じた特徴である。建物の窓が小さいせいだろうか)。ここでは鉄道の誕生以前から現代に至るまでの様子がジオラマで展示されており、順路を辿ってゆくと時間の経過を後追いするように展示を見ることができる。その中で目を見張ったのが、1880-90年代の新線工事の様子を表現した実物大の展示、背広(によく似た衿のある服)を来てつるはしを振る工夫とトロッコを押す女性の姿であった。さらに時代を追って展示を見て行くと、大戦中爆撃を受けて焼け焦げ、線路は穴だらけになった駅周辺の様子の展示があった。

ニュルンベルグはおもちゃの町でもある。、見学こそしなかったが市内には「おもちゃの博物館」もあり、毎年秋には「トイメッセ」が市内で催される。おもちゃと鉄道の積集合となるとどうしても「鉄道模型」ということになり、駅の展示ブースにも市内の模型店が広告を出している。鉄道模型をたしなむ(?)筆者への、一生残るおみやげとして何か安いのを買っておこうと、到着時にそのうちの1軒に目を付けておいた。その店に出向き、141型電気機関車(旧西ドイツの標準的な機関車。製造初年1970年)の模型を買った。特別価格で119DMと日本型機関車を日本で買うより少し高かった(最もこの製品を日本で買うと関税やら何やらで11,900円は下らないだろう)。なお、こちらの模型屋ではユニトラック(日本の大手鉄道模型メーカーの線路)が輸入されて売られていた(パッケージも日本語だった。)。

ちょうどオクトーバーフェスト

正午過ぎ、駅のホームにICE(InterCity Express:都市間特急)ミュンヘン行きが入ってくる。初めて乗るドイツ版新幹線に少し動揺(動揺のあまり写真を撮るのを忘れた。まあこのサイトでわざわざ下手な写真を載せることもないでしょうが)。ビュッフェ車でパンと飲み物を飲み下した後、進行方向を向いた椅子に座る。ICEは客車にモーターがないこと、ニュルンベルグーミュンヘン間は在来線(最高速度200km)であることに加え、98年の事故で問題になったはめ込み式車輪をつかっているためか、車内は極めて静かである。あれよあれよと言う間に2時間ほどでミュンヘン到着。ミュンヘンはドイツ第3の都市、旧バイエルン王国の首都である。

 

現在、ミュンヘンでは「オクトーバーフェスト」なる祭りが催されている。講釈を垂れると、これはバイエルン王ルートヴィヒ1世の成婚を記念して19世紀から開かれている祭りということになるが、それよりも「世界に名だたるビール祭り」と言った方がよいかもしれない。日が暮れるまで時間をつぶして(オリンピックの時にできた歩行者専用の目抜き通りを歩いたりした)から地下鉄で会場に向かう。地下鉄は大混雑であり、革の半ズボンや丈の長いドレスなど民族衣装を着ている人が多い。オクトーバーフェスト会場への出口は人が溢れている。

会場を一目見て「お、ディズニーランド」と思った。会場内は広い歩道や食品のカウンターや極彩色の様々な遊戯具が数多くある。ディズニーランドと違うのは、10棟を越す大きな仮設ホールが、皆ビアホールであることであろう。毎年この期間だけで500万P(全市民一人あたり3.8P)ものビールが飲まれている。

せっかくの「世界に名だたるビール祭り」であるが、筆者は酒、とりわけビールが飲めない体質である。このような時は「ビール以外のものを胃袋に収めて盛り上がろう」ということになり、鳥の丸焼きの出店に行く。他のものは結構高いのに、「鳥半分5.5DM」であった。野菜が詰まった鳥が油紙の袋に入っており、カブりつくと鳥の皮が香ばしくておいしい。しかし落とし穴はどこにでもあるもので、油が下から垂れてきてYシャツと一張羅のスーツを汚してしまった。後で考えてみると、これは極めてみっともない光景である。

その後、ビアホールの手前にあるゼクト(発泡ワイン)のカウンターに行く。1人で飲んでいる(一人旅の時はいつも思うのだが、食事・飲酒の時だけはいつも「男でも女でもいいから連れが欲しい」と思う)と民族衣装の地元の兄ちゃん方が来た。互いに会話を試みるが、こちらのヒアリング力が国際水準に比べて著しく劣っているのに加え、酔っぱらっているので会話にならない。それでも、カウンターのお姉さんと3人で写真を撮ってもらって(今回の旅行で撮った写真360枚のうち自分が映っているのはこれを含めて2枚のみ)その場を辞した。

オクトーバーフェスト会場からSバーンの駅まで歩く。もう午後7に担っているはずだが、太陽はようやく夕暮れの橙色に染まってきた。スーパーに行って夕食(サラダとライスミルクプリン)を買って、駅に向かう。日は暮れていたがそれでもまだ8時前だった。今晩乗車を予定している夜行列車は11時発車のため、ミュンヘン中央駅で夜行待ち。

ドイツ鉄道株式会社

そろそろページを切ってドイツ鉄道について触れなければならない。

ドイツ鉄道では、ICEと同時にIR(地域間列車)も大々的に宣伝している。このIRは一等車、軽食堂車(Bistro)、二等車といった構成であるが二等車の車内がおもしろい。1両に6人用コンパートメントとコンパートメントの仕切りを外したような開放座席との両方がある。しかも開放座席の端には小さなテーブルがあり、これをひっくり返すと子供座席になる。特急もコンパートメントとオープン座席(日本の特急電車のような2人がけ、ただし向きは変えられないものが多い)の双方が用意されている。ICEではオープン座席が主流であるが、これも座席のところどころが新聞受けになっていたりと、「前向き・2+2席」で全ての車両が統一されている日本の特急に比べて車内レイアウトが工夫されている。

ミュンヘン中央駅は他のドイツのターミナルと異なり現代的な建築物である。行き止まり式のホームが1番線から36番線まで並んでいるのは圧巻である。出入りする列車もCD(チェコ国鉄)、黄色と青のNS寝台車、機関車ごとドイツ入りするOBB(オーストリア国鉄)の列車、若者を満載したイタリア行きの夜行列車、パリ行きの夜行列車とこちらも各国入り乱れている。我がDBも客車は特急・急行用、旧塗色車、旧DR所属車、旧型のアルミ製普通車(車体下半分にアルミ製風呂桶のような独特の模様がある)、新型の白と緑の普通客車や2階建て車とバリエーションに富んでいる。

1時間くらいなら見ていて飽きないが3時間も見ているとさすがに飽きてくる。油断しているうちに、ユーゴスラビアのベオグラード行きの列車を見逃してしまった。

22時30分頃、ミュンヘン駅にベルリン行きの夜行列車が入線してきた。この列車、ドイツ鉄道が売り出している「InterCityNight(都市間夜行列車)」なのだが、車両は「タルゴ」というスペイン型の連接車なのである。車両が短いため、編成両数は35両と長い。寝台車の他に、高速バスや航空機のように、仮眠が出来るように深くリクライニングできる座席がある。しかし日本の車両と大差ない車体幅で4列座席というのはキツイ。続き(9.24:いよいよ帝都ベルリンへ)


更新日 2005.1.26
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